第28話 わたしたちの戦いは、本当にまだ始まったばかり!! なのだ

 マティアスくんがしてくれた、かつてこの国を未曾有の大飢饉から救った聖人様のお話。

 のちに功績と共に人柄の良さも認められて、王室とも親戚関係となったと伝えられる、その人物。


 ほうほう、聖人様っていうのは必ずしもチート能力持ちの勇者様というわけでもないのか。


 しかし、国が滅びかけるような大飢饉ってどんななんだろ?

 とっさに、食べ物を奪い合う民衆が大暴動を起こしている、みたいな阿鼻叫喚の地獄絵図を想像してしまったぞ。


「そこまで酷いものではなかったようですが」


 マティアスくんが曰く、天候不順が続いて、海は荒れ狂い、大地はひび割れ、人々は笑顔をなくし……、って、やっぱヒドいじゃん。


「はははっ、冗談です。少し話を盛り過ぎました」


 マティアスくんの冗談って意外にブラックなんだな。

 でも天候不順が続いたせいで、大飢饉がこの国を襲ったのは本当の話みたいだ。


 その時代に召喚された聖人様は、どうやら農業関係者の方だったらしい。

 記録や文献を読んだマティアスくんの記憶にも鮮明に残っていた、その聖人様。なんとご夫婦で現れたという。

 しかも二人協力プレイのもと、この国の農業のようすを何年か掛かったものの、革新的な手法で向上させてしまったようなのだ。


 聖人様お二人は、集められた報告書や資料を元に全国を巡って、各地で子細な農業指導を施したそうである。

 その際、農具や肥料の開発、農地の地質改善、元々の産物の品種改良までを不思議な力を使って行ったんだそうな。


 そして、この国の農業事情を把握した聖人様は彼自身が召喚したのか、錬金術のように錬成したのか、見たこともないような野菜を宙から取り出したと伝えられる。

 そりゃあ、勇者様より聖人様の方がピンとくる呼び名だよね。宙から食べ物だよ。どんなトリック……、いえ、それこそが聖人様の能力なのでしょう。


 わたしも、そんな能力が欲しかった……。


 なんの話でしたっけ? はい、ジャガイモの話でしたね。聖人様が、この国のために開発だか品種改良だかした農作物の中のひとつがジャガイモなんだそうです。

 ああ、だから、こっちで見かける野菜は見覚えのあるやつが多いのか。ふふっ、これは期待できるかも。どうかサツマイモとトマトもありますように。


 ジャーマンポテトを不気味な笑みを浮かべながら食べているわたしを見て、今度はおっちゃんまで引いている。

 だから、そんなんじゃないってば。おっちゃんの料理がホントに美味しいだけなのだ。おっちゃん、料理の腕はいいんだな。


「オレの飯は美味いか?」


 少しだけ表情を和らげたおっちゃんは、わたしに問う。

 わたしは、もちろん笑顔でうなずく。


「よし、もっと食べろ。おかわりも作ってやる」


 おっちゃんは子どもたちにそうするように、わたしの頭をわしゃわしゃと、その大きな手で撫でた。

 子どもじゃないんだから。口ではそう言いながら悪い気はしない。

 なんだか、ちょびっとだけだけど、おっちゃんとの距離が縮んだ気がしたのだ。


 そんなわたしたちに、ルドルフさんが、マティアスくんが、そしてネーナさんも優し気な視線を送る。


 わたしの異世界ライフは、ようやく今、始まったばかりなのだ。



  ○ ● ○ ● ○



「かっこう」


 わたしは、もう一度言ってみる。


「なんだ、それは」


 おっちゃんは、わたしに尋ねた。


 わたしのいた世界には、カッコウという鳥がいてだな。

 そのカッコウを、別の呼び方をすると、『閑古鳥』と言うのだよ。


 そして、今の『炎の剣亭』の、この寂しい状態を、元の世界では『閑古鳥が鳴く』と表現するのだ。


「はっはっは。そりゃ言い得て妙だな」


 なんだよ。笑ってんじゃねえよ。話が違うじゃないか。朝から晩まで忙しいんじゃなかったのか。


 ああ、でもそう言えばルドルフさんとマティアスくんも、それっぽいこと言ってたな。

 常連さんたちだけでとか、なんとかかんとか。このままじゃとか、なんとかかんとか。


 昨日の優し気な微笑みって、こういうことだったのか?! そうなのか?!

 いやいや、彼らに限ってそれはあるまい。あれは、ホントにわたしを祝福してくれてる目だった。

 あの目に嘘はあるまいて。仕方がない。また迷惑をかけてしまうけど、そうだ、彼らに相談しに行こう。


「かっこう」


 なんだよ、おっちゃん、気に入ってんじゃねえよ。真似するな。


 ええいっ! わたしたちの戦いは、まだ始まったばかりだ! ドンッ!!

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