第26話 わたしたちの戦いは、本当にまだこれから! なのだ

「男がいい。とは言っても、そう意味じゃないぞ。念のため言っておくが」


 わわわっ、びっくりした。おっちゃんって、わたしが不謹慎なこと考えてるのが分かるのかな?


 みなさんは、特に何事もなかったように話を続けている。わたしの考え過ぎだったようだ。


「お前、まさかとは思うが何年も経つというのに、まだあのことを気にしているのか」


「先輩、ひょっとして未だにあの方が忘れられない、とかじゃないでしょうね」


 あのこと? あの方? なんのことだ? 誰のことだ? すごーく気になる。

 興味本位なものじゃないよ。おっちゃんの過去に関する話みたいだからさ。


 あー、でもルドルフさんとマティアスくんの、いかにも残念そうな微妙な表情はなんだろう。あんまり、いいエピソードじゃないのかな。

 あの恐ろしい微笑みを湛えていたネーナさんまでが、素で呆れた顔をしてるよ。過去になにをやらかしたんだ、おっちゃんよ。


 おっちゃん自身は、抱えていた荷物を降ろしたように、すっきりとした満足気な顔しちゃってるよ。まったく、満足毛をボウボウ生やかしやがって。


 ちなみに満足毛ってのは、心で生やして、心で見ることができる毛だ。頭でも、胸でも、腕でも、スネでも好きなところに生やすが良い。

 他にも得意毛、うれし毛、恥ずかし毛といろいろあるぞ。わたしは良く、アゴに得意毛を生やかして撫ででいたものさ。


 わたしが脱線している間に、あの微笑みを取り戻したネーナさんがおっちゃんの背後から静かに近づく。


 ——ミヒャエル様。


 彼女の呼びかけで、振り向いたおっちゃんの笑顔は凍りついた。

 ぽんと肩を叩き、顔を寄せ、おっちゃんの耳許で何事かを囁くネーナさん。おっちゃんの顔は見る見る青ざめていく。


 うーん、どんな呪いの言葉なんだろう? スゴい威力だ。近接戦で直に魔力をブチ込むとかいう、あの技か。


「……どんなに似ていようとも……まだ忘れ……いい加減になさいませ……いつまで昔の……」


 いやいやいやいや、別に聞き耳立ててるって訳じゃないだ。ホントだよ。わたしを信じてくれ、お願いだ。

 けど、他でもない、おっちゃんのことだ。どうしたって、わたしも気になっちゃうんだよー。


「……前を向いて歩いてゆくのです」


 ネーナさんの言葉。最後のこの一言だけは、妙にわたしの耳へはっきりと届いて、そして心に残った。

 うん、おっちゃんに何があったのか分かんないけど、良い方へ向かって行けるといいな。


 だが遂におっちゃんは、その膝を着いた。わたしはリアルでorzってやってる人を初めて見たよ。

 やっぱり、さっきの攻撃は相手の心を鋭く抉る壮絶なものだったのだ。少なくてもおっちゃんにとっては。


 しばらくの間、おっちゃんは立ち直れずに、がっくりと膝と両手を地に付けて項垂れていたが、やがてゆらゆらと立ち上がる。

 立ち上がったおっちゃんの目には何かを諦めたような、しかし何かを決意したような妖しい光が宿っていた。


 しまったっ! 我々は、とんでもない怪物を呼び覚ましてしまったんじゃあないのか?!

 と、その刹那、おっちゃんは聖人様召喚の儀で初めて会った時のような表情をすると、わたしにその右手を差し出した。


 初めて会った時のおっちゃんは、きりりと精悍ながら妙に無愛想な、要するに仕事をしている人の顔だった。

 騎士様らしくなったおっちゃんと改めて握手を交わす。大きな手、何かを一生懸命頑張っている人の手だ。


「不本意だが、弟子にしてやる。明日からビシビシ鍛えてやるからな。覚悟しておけよ」


 不本意かー。やっぱり、おっちゃんは男の人の方が良かったのかな。

 でも、どことなく照れているような。わたしなんかでもホントに良かったの?

 まあ、いいや。そんなことはあとで考えよう。今は、おっちゃんに認められたことを喜ぼう。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 わたしは握ったおっちゃんの手を、もう一度力強く握りかえすのだった。



  ○ ● ○ ● ○



「かっこう」


 その時は、まだ気付いてはいなかった。

 わたしたちの戦いは、本当に、まだこれからだったのだ。

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