第25話 わたしたちの戦いは、まだこれから? なのだ

 わたしの戦いは、まだ終わらない。終われない。終わらなかった。


 ちょっと待てや、ごるあぁぁぁーっ!

 どーゆーコトじゃ、われーっ!

 ふざけてんのか、われーっ!

 表に出ろやーっ、われーっ! 


 そう言いたかったけれど、実際のわたしは悔し涙を堪えて立ち尽くすばかりだ。

 ひどいじゃないか。さっきの感動を返せ。おっちゃんにはがっかりだよ。


 ルドルフさんも、マティアスくんも、そんなわたしを見てオロオロするばかり。

 ごめんね。心配かけちゃった。でも大丈夫。大丈夫だよ。

 なんとか笑顔を作るわたし。うまく笑えたかな。


 わたしと、おっちゃんの遣り取りを見守っていた、ネーナさんの目がキラリと光る。表情は先ほど以上に慈愛に満ちた笑顔であるが、その目は笑ってはいなかった。


 それどころか、その微笑みには何かしらの凄みさえ感じさせる。そして今、その凄みのある笑顔は、おっちゃんの背後から、おっちゃんに対して向けられていた。


 あの笑顔を向けられているのが、わたしではなくて本当に良かった。もしわたしにあの表情を向けられて問われたら、自分の黒歴史を余すところなく白状したに違いない。


 そんな恐ろしい笑顔を向けられているのに気付かないおっちゃんは、一人無駄に爽やかな「やり切った」みたいな笑顔を振りまいている。


「なあ、ミヒャエル。なんで『炎の剣亭』じゃ女性を雇わないんだ」


 ルドルフさんは、心底不思議だ、という表情でおっちゃんに尋ねる。


「そりゃあ、朝から晩まで忙しいからな。女性にはキツかろう」


 それは、この前も聞いたよ。なんかおっちゃんの目が泳いでるっぽいし、それってただの言い訳なんじゃないの?


「でもミヅキさんだったら料理も上手いし、頑張り屋さんなんで問題ないと思うんですけど」


 おおっ、またもやナイスフォローだ、マティアスくん。そして、またもや目が泳いでるぞ、おっちゃん。


「いやあ、『炎の剣亭』の客層は知ってるだろう。荒くれ者ばかりだぞ」


 盛大に目が泳がせて、なに言ってんだ。わたしには、おっちゃんが一番荒くれ者のように見えるのだが。


「それは当たり前だろう。お前が一人でやってるから、もっさいおっさんのたまり場になっちまうんだ。類は友を呼ぶ、というやつだな」


「まったくの同感です。僕たちみたいな若手は、食事の時くらい安らぎとか癒しとか、そういった優しい世界を求めているんですよ」


 おおっ、ルドルフさんと、マティアスくんの連続攻撃。これは効いてるぞ。


「オレは、お前らみたいなヤツらに安くて美味い飯を食わせたくって、この店をやってるんだ」


 おや? おっちゃん、まさかの逆切れか。

 あれ? でも、おっちゃんの目には、そこはかとない哀愁の色が浮かんでいる。


「お前の志は理解しているつもりだ。お前が俺たちのために『炎の剣亭』を続けているのもな。だが、これとそれとは別の話だ。店を見直すことも必要だぞ」


「その通りです、先輩。早いうちに、この店の殺伐とした雰囲気を改善しないとお客さんは減ってゆく一方ですよ。現に、僕たち常連だけで保っているようなものじゃないですか」


 またもや彼らの連携攻撃が決まった。『炎の剣亭』、長年の常連だった方々は言うことが深いな。


「わかった、わかった。そこまで言うなら本当のことを話そう」


 両手を広げ、天を仰ぎ見るような大げさなポーズ。おっちゃん、一体なにを告白するつもりなんだろう。


「今回の募集は、弟子、というか、そいつがうまく育ったら、ゆくゆくは『炎の剣亭』を一緒に営んでゆきたいと思っているんだ」


 ほう、後々のことを見据えて後継者を育てたいのか。おっちゃんも色々と考えてるんだな。


「だからまあ、聖女様だとか、お姫様だとか、そういった類いの方ではなく、もっと気の合いそうな男……そう、漢がいいんだ」


 男? おっちゃんは男がいいの? よもや、おっちゃんはソッチの方だったの?

 いやいや、構わないですよ。おっちゃんの趣味をとやかく言うつもりはない。


 実は、わたしだってそういったものに興味がないこともない。

 しかるに、その場合おっちゃんがドッチなのか。問題はそこだ。


 いや、やっぱりそこじゃない。なに言ってんだ、わたし。


 一瞬で様々な思考が頭を巡り巡ったわたしは、おっちゃんの次の言葉を刮目して待つのであった。

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