第24話 わたしの戦いは、ホントにまだ終わらない……のだ

 でも、ただのせんキャベツをそんな風に美味しそうに食べてくれるなんて。

 わたしは感激だよ。もう勝負の行方なんて、どうだっていい。


 いや、どうなっても良くない。

 この三番勝負に打ち勝って『炎の剣亭』店員の座を目指すのだ。このあとの勝負も頑張らねば。


 項垂うなだれるおっちゃんに、ネーナさんは優しく微笑みかける。


「ミヒャエル様、これでもうおわかりでしょう。誰が、この勝負の勝者か」


 おっちゃんは項垂うなだれたまま、ぶつぶつと独り言のように呟いた。


「だがしかし、仕上げたのは、オレの方が早かった」


 ネーナさんは、微笑みを絶やさないまま追い打ちを掛ける。


「ミヒャエル様の早さが異常なだけです。ミヅキ様は充分合格点ですよ。私、きちんと時間を計っておりましたから」


 取り出した懐中時計を、ネーナさんはおっちゃんに示した。

 それを、ちらりと一瞥したおっちゃんは再びぼそっと呟く。


「それに、うちの客どもの口にそんなお上品なものは合わねぇよ」


 ネーナさんは微笑んだままだけど、片方の眉だけがぴくりと上がった。

 これは、ちょっと危ないんじゃないだろうか。おっちゃん、謝ったほうがいいんじゃないか。

 うちの母ちゃんが、わたしを叱る時の前触れみたいな顔してるよ、ネーナさん。


「オレだって、いつも自分が作ってるヤツの方が好きなんだ。聖女様の作ったやつ、アレはアレで美味かったが……」


 ネーナさんの、もう片方の眉もぴくりと跳ね上がる。いよいよヤバいよ、おっちゃん。

 でも、次に発せられたネーナさんの声は思いのほか静かなものだった。声を荒げたりすることもない。でも凛とした、お厳かな響き。


 いやあ、聖女様って、もうネーナさんでいいでしょ。わたしもネーナさんの言葉に耳を傾ける。


「ミヒャエル様、あなた自身もわかっておられるのでしょう。どちらの方が美味しかったのか」


 ——私たちは幸せです。


 毎日の食事というものを単なる栄養の摂取ではなく、生きてゆくための糧として楽しむことができるからです。

 料理というものは、お腹が満ちれば良いというものではありません。ましてや、あなた様は商いで料理人をやっているのです。

 足を運んでくださる方の、食べてくださる方のお気持ちを考えて、心を込めて料理を作らなくてはなりません。


 ミヒャエル様が、まだ騎士であった頃の遠征先での食事。味気のない携帯食を黙々と腹に詰め込むだけの、食事というのも憚られるような、それはただの義務。

 それでも、それはまだしな方で、何時間も何日も食事抜きでの行軍、数多くの戦闘も強行しなければならなかったと聞きました。

 あなた様は、そんな日々の中、元気を失ってゆく仲間たちをおもんばかり、年少の頃より培った傭兵時代の知識を生かして手料理を振る舞われましたね。


 傭兵としての旅暮らしで憶えた料理。食材は、現地調達した小動物の肉や、川で釣った魚、あるいは食べられる草。

 祖末な食材で作る、素朴な料理。それでも、仲間たちは美味しい美味しいと食べてくれる。笑顔を取り戻してゆく。

 ミヒャエル様は、それが嬉しかったのではないですか。だから、騎士を辞めたのち、料理人となったのではないのですか。


「だったらお認めなさい。どちらのせんキャベツが美味しかったのか。勝ったのはミヅキ様だということを」


 おおおおーっ。思わず聞き入っちゃったよ、ネーナさんの話。

 そうかー、おっちゃんも苦労したんだね。料理人を目指したのには、そんな深い理由があっただなんて。思わず涙ぐんじゃったよ。


 ネーナさんの眉は、もう上がっていない。慈愛に満ちた微笑みを湛えているだけだ。

 おっちゃんも顔を上げて、笑顔でわたしに握手を求める。昨日の敵は、今日の友。

 わたしたちの戦いは終わった。いやまだ、途中だけれども。けれどもおっちゃんの笑顔は本物だ。笑うとちょっと可愛いんだな。


「聖女様の刻んだキャベツは美味かった。切っただけであんなに美味い料理は初めてだ。オレは負けを認めよう」


 いやあ、そんなに誉められると照れちゃうなー。えへへっ。

 あ、でもわたし、聖女様じゃなかったんですよ。聞いてねーな、おっちゃん。

 おっちゃんは、ことさら爽やかな笑顔で、わたしの手を握り締めて、こう告げたのだ。


「だが、やはり『炎の剣亭』は女性店員は採らないことにしているんだ」


 わたしの戦いは、まだ終わらない。

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