第23話 わたしの戦いは、まだ終わらない! のだ
「おーまーえーらー」
おっちゃんの、怒りとも悔しさともつかない、地の底から聞こえてくるような低い声が響く。
「何か謀っただろう。どう考えても今のはオレの勝ちじゃあないのか」
おっちゃんは戦う者の顔となって、先ほどのキャベツの千切り勝負の行方に異議を唱えた。
「だいたい刻み終えたのはオレの方が段違いに早かったはずだ。早さは料理人にとっちゃ大事なことだ。客は腹を空かせて待っているんだからな」
お、おう。おっちゃんに、そう言われるとグウの音も出ない。どうもわたしは昔から、丁寧だけど遅くなってしまう悪い癖があるのだ。
「確かにそうかもしれませんが、早いってだけで先輩のキャベツは形が不揃い過ぎて口当たりが悪いんですよ。それに僕には太すぎますし」
おっ、いいぞ。マティアスくん、もっと言ってやれ。料理で具材の大きさを揃えるのは、とっても大切なんだぞ。
キャベツだけで作ったサラダだったら、それだけで美味しさは決まってしまうんだ。“キャベツ、切り方、大切”でググってみよう。この世界にネットはないけど。
「だが、せんキャベツの醍醐味は、あのザクザクした食感だろう。お前のようなヒョロガリの口には合わないだろうが」
そう言い返すおっちゃんに、マティアスくんはちょっとムッとした顔になる。
わかるぞ、身体を鍛えているヤツってのは、何故だか何時でも、その筋肉を見せたがるんだ。
「うむ。俺もせんキャベツは太目が好きだ。だがミヒャエル、お前のコレはダメだ。早いのは良いが、あまりにも雑が過ぎる」
ルドルフさんのターン。おっちゃんの、いかにもな“漢飯”は、やっぱり好みのようだけど今はわたしの支持者のようだ。
漢の胃袋を掴む、わたしのせんキャベツか……。悪い気はしないね。
「最近、お前は目が悪いのではないか? そのせいで細かな作業が出来ないのであろう。魔獣を捌く時とは違うんだ。いい加減に観念して眼鏡を掛けろ」
「そうですよ。肉の塊を捌いている時ならばともかく、今みたいにキャベツを刻んでいる時なんか、見てるこっちがヒヤヒヤするんですよ」
おや、ルドルフさんとマティアスくんの一声は、おっちゃんのナニかを突いたのか? やけに狼狽しているじゃないか。
「め、眼鏡は関係ないだろう。オレは目なんぞ悪くない。今でも3キロ先の魔獣の群れを見つけられるんだぞ」
「それは先輩が魔力探知で、魔獣の位置を特定しているだけでは?」
「そうそう、そういうのは目がいいとは言わんだろう」
おっちゃん、そんなに遠くの魔獣まで見つけちゃうのか?! さすが、元腕利き魔獣狩りの騎士だ!
でも手許が良く見えないってのは近視じゃないのかな。料理をする時は危ないから、眼鏡を掛けるのをお勧めするよ。
今さら若作りしたっておっちゃんは、もう既におっちゃんなんだし。いいかげん見た目より実を取ろうよ。大人なんだし。
「うるさいっ。オレは眼鏡なんか絶対掛けないぞ。そんなことより今は勝負だろう」
おっちゃんは、頑に眼鏡の着用を拒む。でも、おっちゃんの言ってることは正しい。今は勝負の時なのだ。眼鏡の件は後々説得することにしよう。
「ご友人の心配りを煩いとは何ですか、ミヒャエル様。勝負の前に、まず謝りなさいませ」
それまでずっと、言葉の一つも発さずに事の成り行きを見守っていたネーナさんが堪り兼ねたようにおっちゃんに苦言を呈した。
おっちゃんったら、ネーナさんの前ではまるで少年時代に戻ったかのようだね。素直に二人に謝ってるよ。ふふっ、ちょっと可愛い。
「だが、これと勝負は別物だ。公正な判断を願おう」
再び、獲物を見つけた鷹のような目付きとなったおっちゃんは、わたしたちに鋭い視線を投げる。
でも、目が悪いせいだというのを知っているせいか、あまり怖くはない。むしろ、おっちゃんの真剣な眼差しはかっこいいかもしれない。とか思っちゃったりして。
ネーナさんは、そんなおっちゃんの前に、二つの皿をすっと差し出した。
おおっ、いつの間にわたしのせんキャベツを盛りつけたんだ。しかも、わたしの盛りつけよりも数段美しい。
たかが、せんキャベツと言うなかれ。盛りつけ次第で味は確実に変わるものさ。
そして、用意されたのは二皿。ネーナさん、わたしの工夫をわかってくれたんだ。うれしいな。
おっちゃんは、無言でわたしのせんキャベツを口に運ぶ。
一口。少しだけ、その表情が変わる。
二口。あからさまに、その表情が変わる。
そのあとは早かった。あっという間に、わっしわっしと一皿平らげたおっちゃん。
二皿目に取りかかる。
最初の一口目で、また表情が変わる。
しかし、今度は最初から、すごい勢いでせんキャベツを食べてゆくおっちゃん。
「おかわりっ!」
元気よくネーナさんに空になったお皿を差し出し……、おっちゃんは我に返る。
顔を真っ赤にして皿をテーブルにことんと置き、おっちゃんは再び
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