第20話 敵は『炎の剣亭』にあり。なのだ【後編】

 果たし合い、の言葉にルドルフさんとマティアスくんが顔を見合わせる。


「今日は、採用試験を受けるのではなかったのか」


「いったいミヅキさんは、どんな手紙を書いたんですか」


 おっちゃんから手紙を受け取って読んでいたルドルフさんは、突然笑い出した。

 横から覗いていたマティアスくんも苦笑している。

 わたしの一世一代のお願いを笑わないでくれよー。


「はっはっは。これは力み過ぎだ、ミヅキ殿」


「要するに、ミヅキさんは、先輩に力を試してほしいだけなんです」


 二人の言葉に、わたしをじっと見つめるおっちゃん。相変わらず目付きが悪い。


「わかった、わかったよ。聖女様との勝負、受けて立つさ」


 だから、わたしはもう聖女様じゃあないんだってば。

 お、もしかして皮肉か? 皮肉で言ってんのか、ああん!


「それで、オレは一体なんの勝負を受ければいいんだ」


 ため息と共に、おっちゃんはわたしたちを見回す。

 その目には不敵な光が宿っていた。おまえのような小娘は返り討ちしてやると。

 いや、だが、そこが良い。ようやくわたしの望む展開になってきたよ。


「それでは始めましょう。わたしとミヒャエルさんとの『地獄の三番勝負』を」


 わたしはバッグの中から、おもむろに取り出す。切れ味の良さそうな包丁を。

 この包丁は宿舎の備品のひとつだが、昨夜のうちに共同厨房で良く研いでおいたのだ。

 ふっふっふ。見るが良い、この輝きを。


 おっちゃんはいきなり取り出された包丁を見て、ぎょっとしていたが、次に取り出されたものを目にして、文字通り目を丸くした。

 わたしが取り出したのは小振りなキャベツが二つ。どちらも小ぶりだが、実が詰まっていて美味しそうだ。


「最初の勝負は、『キャベツの千切り対決』よ」


 目を丸くしていたおっちゃんは、徐徐に呆れた表情になり、ついにくっくっくと、小声で笑い始めたではないか。

 なにがおかしいのだ。この無礼者め。


「何を言い出すかと思えば、そんなもんはオレの勝ちに決まってるだろう。こっちは何年料理人をやってると思ってるんだ」


 なにをうっ! やる前から勝利宣言か。ようし、いい度胸だ。表へ出ろ。


「この勝負はヤメだ。やるまでもない。オレが勝って、聖女様は不採用だ」


 な、なんだと。勝負するんじゃないのかよ。武士……じゃなくって、騎士に二言はないんじゃないのか。

 くそー、卑怯だぞ、おっちゃん。戦えよ。戦ってくれよ。わたしの一生のお願いだ。


 とその時、店の扉が静かに開いた。


「話は全部、聞かせてもらったわ。ミヅキ様と勝負しておあげなさい、ミヒャエル様」


 きたーっ! わたしの切り札、最期の救世主。ネーナさんが登場だ。

 ネーナさんの姿を見た途端、おっちゃんの顔色が変わったぞ。

 よしよし、読み通り。おっちゃんの天敵はネーナさんだった。


「しかしネーナさん、うちの店は、女は雇わない主義で……」


「まだ、そんなつまらないことを言っているのですか。いいかげんになさいませ、ミヒャエル様」


 しめしめ、ネーナさんにピシャリと言われては、さしものおっちゃんも返す言葉もないらしい。


 昨日、こっそりネーナさんに会いにいったのさ。でもって、みんなとのいろんな想い出を聞いたよ。もちろん、おっちゃんの話もね。

 その頃、まだお若かったネーナさんは、みんなの少年時代を知っている。みんなはネーナさんのお陰で大きくなった。立派な騎士や、魔導士になれた。

 だから、みんなネーナさんには感謝してる。だから、誰もネーナさんには頭が上がらない。もちろん、おっちゃんだっておんなじことさ。


「わかった。ネーナさんに免じて、この勝負は受けてやるよ」


 力なくがっくりと項垂うなだれるおっちゃん。ちょっと可哀想だが仕方あるまい。勝負の世界とは厳しいものなのだよ。


 こうして、わたしの就職、いや、わたしのこれからの人生を賭した、と言っても過言ではない勝負は始まったのだ。

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