第19話 敵は『炎の剣亭』にあり。なのだ【前編】

 ついに、わたしは宿敵……じゃないや。憧れの『炎の剣亭』の前に立った。

 助っ人は……、まだ姿を見せない。時間を間違えたのかしら。いやいや、彼らに限ってそんなことはないだろう。

 きっと、間もなくやって来るはずだ。先にお店に入って、おっちゃんに果たし状を突きつけながら到着を待つとしよう。


 こういう時の挨拶は、「たのもうーっ!」かしら、やっぱり。


 それとも、「ここで会ったが百年目」とか? なんか違う。


 そうだ、「成敗!」。だめだ。物騒過ぎる。


「ごめんくださぁい。ミヒャエルさんはいますか」


 結局、当たり障りのない挨拶とともに扉のノッカーを叩くわたしは小心者。でも、おや? 返事がない。

 ドアノブに手を掛けると、がちゃりと回った。鍵は掛かっていないようだ。


 うーん、こんな時ミステリーだと、中に血塗れの被害者が倒れていたりするものよね。

 はっ、まさか、おっちゃんが……。急に心配になってきちゃったよ。


 そっと扉を開いて、まだ薄暗い店内を見渡せば、誰の姿もない。

 まだ油断はできない。犯人がどこかに潜んでいるかもしれないのだ。

 わたしは意を決して、おそるおそる、お店に足を踏み入れる。


「ミヒャエルさぁん、いらっしゃいませんかぁ」


 わたしは、手にした果たし状とバッグをしっかりと抱え、油断なく辺りを見回しながら店の奥へと進む。

 カウンター越しに背伸びをして厨房の奥を覗いてみれば、さらに奥へと続く怪しい扉が目に入った。そこか? そこにいるのか?


「おいっ!」


 その時、突然誰かの声がした。

 わたしは飛び上がったね。3メートルくらい。いえ、イメージの話です。

 でもって、必死にバッグを振り回す。負けないぞ、犯人め。おっちゃんを返せ。


 犯人らしき人物は片手で難なく攻撃を受け止めて、わたしの身体をも抱きとめる。


「こらっ、店内で暴れるな、騒ぐな。まだ開店前だぞ」


 聞き覚えのある声。その正体は、なんと、おっちゃんでした。

 おっちゃん、無事で良かった……って、ありゃ、おっちゃん、どこから現れた。


「どこからも何も、この店はオレの家でもある」


 おっちゃんの視線の先を辿れば、なるほど出入り口の脇に、2階へ続く階段が見えた。


 勘違いとはいえ、騒ぎ立てて申し訳なかったです。

 いえ、決して不法侵入などではございません。

 本日は、重要な案件がございまして、お伺いした次第です。


 わたしは、握り締めていたはずの果たし状を探す。

 あれっ、ないよ、果たし状。ドコいった。今の騒ぎでなくしたか? バッグの中にしまったんだっけ?


「なんだ、これは」


 おっちゃんの声に、バッグの中をがさごそと探していたわたしは顔を上げる。

 探し物は、おっちゃんの手にしている、それだ。果たし状。わたしが握り締めてたせいで、くしゃくしゃだけど。


「む、果たし状……」


 くしゃくしゃになった封筒を広げ、おっちゃんは、その中身を改める。


 いやー、返して! いったん返して! まだ中も読まないで!

 あーもー、あの果たし状を、ババーンとおっちゃんに突きつける計画が台無しだよ。


「オレは、女や子ども相手に果たし合いなどはしないぞ」


 なんだよー、また子ども扱いかよー。これだから大人ってヤツは。

 わたしの、一世一代のお願いだったんだぞっ。ちくしょー、グレてやるっ!


「話は全部、聞かせてもらったっ!」


 出番を見計らっていたかのように、素晴らしいタイミングで現れたのはルドルフさんだ。

 さすがは、騎士団長。頼りになるー。


 そして、ルドルフさんの後ろから、ひょっこり顔を覗かせるのはマティアスくんだ。

 ありがとう、二人とも。持つべきものは友達だよ。


「ミヅキ殿の話くらいは聞いてやったらどうだ、ミヒャエル」


「そうですよ、ミヒャエル先輩。ミヅキさんはお料理が得意なんですから」


 旧友二人の登場に、さすがのおっちゃんも、ぐっと言葉に詰まる。


「だが、女や子どもは守るべきものであって、果たし合いなど……」


 困惑した表情で、わたしたちと、その手の果たし状とを見比べるおっちゃんなのでした。

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