第21話 続・敵は『炎の剣亭』にあり。なのだ【前編】
ついに、わたしは宿敵……と言っても言い過ぎではない、憧れの『炎の剣亭』、そのマスター、おっちゃんの前に立った。
いよいよ念願だった、わたし VS おっちゃんの『地獄の三番勝負』が始まるのだ。
「いえいえ、真の念願は、ここで働くことなのでは?」
すかさず冷静なツッコミを入れてくれるのは、天才魔導士のマティアスくん。今日の審査員その1だ。
「はっはっは。女の子の手料理というのは良いものだぞ」
いつも朗らかで爽やかな頼れる兄貴、騎士団団長のルドルフさん。今日の審査員その2だ。
「ミヒャエル様ときたら相変わらずの意地っ張りの唐変木ですね」
そして、おっちゃんの過去を知る女性にして、騎士団を支える侍女軍団の頭、ネーナさん。本日のスペシャル審査員長さ。
昨日は、わたしのいろいろ全てをぶっちゃけて相談したら、快く協力してくれたのだ。
なんと心強い。本当にありがとう。わたしも、こんな素敵な大人の女性になりたいものだ。
そのネーナさんから本競技の説明がなされる。
本日一本目の『キャベツの千切り対決』。
審査のポイントは、まずは早さ。この用意されたキャベツ丸ごと一つを、いかに早く千切りにするのか。
そして次のポイントは、見た目。早ければ良いというものでもない。ただの千切りキャベツを、いかに美味しそうに見せるのか。
最後のポイントは、もちろん味。早く仕上げて、美味しそうな見た目でも、食べてみたら不味かったのでは話にならないのだ。
ネーナさんが、懐中時計を取り出し、片手を上げる。あの手を降ろした時がスタートだ。
ネーナさんの手が美しい挙動を描いて振り下ろされる。いよいよ勝負は始まりの時を迎えたのだ。
包丁一本、さらしに巻いて持ち込んだ以外は道具を持ち合わせていなかったので、お店にあるものを借りた。
なんだかんだ言って大切な調理道具を貸してくれるおっちゃん。なんて優しいんだろう。だが、勝負に手心は加えないぜ。
まな板、竹で編んだと思わしきザル、ボウルに似た器、その他諸々。さすがは元騎士団長の店。備えてある道具も上物だ。
そしてなんと、厨房の片隅には手押し式の井戸があるではないか。水。水は大切だぞ。料理にとっても、命にとっても。
昨晩研ぎ上げたお陰で自慢の名刀と化した包丁を握って、ふと隣のおっちゃんを見ると、その手にしている、あれはなんだ? 牛刀かな。しかもデカい、長い。
それに、微妙に握りの部分が剣の柄のように見えなくもない。刃の部分も異様に鋭そうだし。それ、本当に包丁なの? 昔、騎士団にいたって頃使っていた武器かなにかじゃないの?
そして、よもやと思うが、おっちゃん、今までそれ一本でやってきたのか。
野菜を切る時は、菜切り包丁と相場が決まってるだろう。
とはいえ、わたしが使っているのは、こっちの世界でもありふれた万能包丁だけど。
おっと、おっちゃんのことを見ている場合じゃない。集中、集中。
ガンガン剥がして、ガンガン洗え。そしたら芯を外しまくれ。葉っぱだけとなったキャベツは部位ごとに重ねて置いておく。これで準備完了。
でも固い芯も捨てずに取っておくのだ。固い芯も、ゆっくりじっくり火を通すと、柔らかく甘くなって美味しいのだ。
————お料理一口メモな閑話休題。
そのあとは、重ねたキャベツを刻んで刻んで刻んで刻んで……ふーっ、刻んで、刻んで、刻んで、刻んで……。やっと半分終わったよ。
それとなく、おっちゃんを観察すると、キャベツを丸ごと端から刻んでいる。せめて、半分とか四つに割ってから刻めよ。
だけどそのお陰で刻むスピードは異様に早い。なんだと、もう終わっちゃいそうじゃないか。
おっちゃんの横顔は心なしか得意気だ。その口元には勝利を確信した笑みまで浮かべてやがる。
くそー、負けないぞ。わたしは、残ったキャベツを刻みまくる。とんとんとんとん……。包丁がキャベツを刻む音だけが、リズミカルに響いている。
横目でおっちゃんを伺うと、既に盛りつけも終わって、わたしの方をじっと見ている。なんだ、その余裕のポーズは。なんかハラたつな、もう。
いやいや、おっちゃんのことなど考えている場合ではない。平常心、平常心。
そう、集中、集中。平常心、平常心……。
美味しくなあれ。
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