第5話 なんと、わたしは聖女となったのか?
大きく開け放たれた窓から差す昼下がりの陽光は暖かく、しかし吹き抜ける風は、ほんのり冷たいけれど心地良い。
お茶を片手に窓辺に佇んで表を眺めれば、空は見渡す限り青く澄み渡り、良く手入れのされた庭園の樹木の緑も美しい。
はぁ、気持ちいいねー。こちらの世界でも季節は春か……。
今でこそ、のんびりと庭なんぞ眺めてるけど、昨晩のわたしは……。
穴があったら入りたい。
例え隠しきれない、お尻が見えていたとしても。
元いた世界の朝。そして現地時間の、おそらくは昨晩。
わたしは天に召されたかと思いきや、この世界に“聖女”として召喚されたのだ。
聖女、の言葉に、わたしはポカンと口を開けたままのアホ面で固まったまま、お城の客間であるところの、この離れに連れて来られたらしい。
ごめんなさい。良く憶えてません。
何しろ目が覚めたら見覚えのないこの部屋にいて、ベッドサイドには古式ゆかしいクラシックスタイルのメイドさんが控えていたのだ。
わたしは、天蓋付きのベッドなんて初めて見たよ。しかもそこで、学校の制服から肌着まで全て脱がされた上、すっぽんぽんで寝てたんだぜ。
メイドさん、というか、わたし担当の侍女さんがおっしゃるには、昨晩は湯浴みまでしてからベッドに潜り込んだようです。
なんと、自分で脱いでいたー。
重ね重ねごめんなさい。お手数おかけします。
朝のお着替えも大騒ぎだった。
肌着関係の話は、恥ずかしいから内緒。
でもコルセットの着用は丁重に辞退させていただいた。とだけは言っておきます。
その後のドレス選びも、また一苦労。
どれも心なしか腰回りはキツいのに、胸の辺りはすかすかじゃあないか。
若干細身であることを除けば、わたしは中肉中背の平均的な日本人体型。
この世界の方々のような素敵なプロポーションは、これぽっちも持ち合わせていない。
それでも、できる限りわたしの背格好に合わせたドレスを選んでくれたことは、とっても感謝いたしております。
けれども、なんでそんなにヒラヒラしたやつとか、念の入った刺繍の入ったやつしかないのよ。おまけに、そのどれもが派手な色ばかり。
わかる。わかりますよ、高級品だっていうのは。それこそ元いた世界では、わたしなんかじゃ手の届かないような。
でもわたしとしては毎日の生活においては、もっと動きやすくて機能的な服を所望したい。
試しに、周りの侍女の皆様を仕切っていたベテラン風な方にお願いしてみました。
「あなた方がお召しになっているものを、ひとつ譲っていただけると嬉しいのですが」
当たり前ですが、とても丁重にお断りされました。
気に入ったんだけどな、あのメイド服。余計な装飾のない、機能美溢れるデザイン。なんて素晴らしい。
仕方がないので、一番地味な色で、一番装飾の少ないものを選びましたよ、ええ。
それでも何だか、お見合いをするような格好で似合わないこと
「とても、良くお似合いですわ、聖女様」
侍女の皆様には誉めていただいたけど、気を使わせてしまったようで申し訳ない。
最後に靴だ。
ネックレスやら髪飾りやらを標準装備するのが、こちらの世界の淑女の嗜みらしいのだけど、それらはまとめてお断りした。
だって、手に取るのも憚られる様な、見るからに高級品だよ。なくしちゃったり、傷つけちゃったら大変じゃない。
そういう訳で、最期は靴だ。
用意されていたのは、元の世界でも見覚えのあるパンプスだかハイヒールだか。
ちなみに、わたしはそれらの区別は殆どつかない。全部まとめて大人の女性の履物だ。
つまり、わたしには縁のないものだ。
わたしは、もともと履いていた足に馴染んだスニーカーを探した。部屋を見渡したところ、どこにも見当たらない。
侍女さんたちに尋ねると、どこからか愛用の懐かしいスニーカーを持ってきてくれた。
王宮御用達の靴職人に手入れを依頼しておいてくれたそうで、ありがとうございます。
そのスニーカーを見て、またびっくり。
履き古したスニーカーが、布の部分の汚れは落とされ、革の部分は磨き上げられ、靴底に挟まっていた小石も取り除かれ。
要するに、丁寧に手入れされて、新品同様になって戻ってきたのだ。一晩でここまでやるなんて。この世界の靴職人の方に感謝。
くんくん。
ちなみに、こっそり臭ってみたけれど、なにも臭わなかった。靴職人すごい。
そう言えば、着ていた制服やら、肌着やらはどうなったんだろう。
大丈夫。ただ今洗濯して干してあるそうです。良かった、良かった。
かくして、お見合いドレスに、スニーカーを合わせるという斬新なコーディネートの出来上がり。とほほ。
そしてその後、その姿のまま、わたしは王様に謁見したんですよ。よせばいいのに。
あとから思えば、ホントにやめておけば良かったよ……。
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