第4話 第4話あたりで露見するものなのだ

 ——ふわり。


 突然、わたしの身体は宙に持ち上げられた。

 いきなり騎士様が、わたしを抱え上げたのだ。


 しかし、これは……。


 なんということだろう。こいつは世に言う“お姫様だっこ”というものではないか。

 こんなところで、こんな時に、乙女の憧れ、かの“お姫様だっこ”を体験することになるなんて。


 いや、知ってるよ。別に言うほど世間の乙女の皆さんが、そんなものに憧れちゃいないのは。

 なにかを拗らせているわたしが、なにかに過剰に反応しちゃってるっていうのは。


 けど嬉しいものは嬉しいし、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。


 あと、なんでもこの世には“大しゅきホールド”なるものが存在するらしい。

 我々乙女の間では“お姫様だっこ”の上位互換として幻の存在なので、どんなものかは知らないけれど。


 機会があったら、そっちも体験してみたいものだな。

 繰り返し言うけれど、どんなものかは知らないけれど。


 ふぅー。

 騒ぐだけ騒いだら、ちょっとだけ落ちついてきたぞ。

 とはいっても、騒いだのは頭の中だけでの出来事なんだけど。


 わたしは、ちょっとやそっとのことじゃ感情を表に露わしたりはしないし、大声で騒ぎ立てたりはしないのだ。

 自分の中では、“いかなる時も冷静沈着を旨とする、クールビューティを目指している”ということになっている。


 もっとも、それがいき過ぎちゃったせいなのか、周りからは“いつも無口で、ぼーっとしてる子”みたいに思われているのは心外だけれど、否定はしない。


 それは、あながち間違っているってことでもないからね。

 しょうがないじゃない。子どもの頃から、そういう性格だったんだから。


 なんというか、他の女の子たちのように、その場の空気に応じて、ころころと表情を変えるなんて器用なスキルは持ち合わせていないのだ。

 表情が、それほど豊かではなくったって、言葉数が少なくったって、心の中では、いつだって、あれこれと思慮を巡らせているものさ。


 さてさて、では満を持して、“わたし史上初のお姫様だっこ”を与えてくれた騎士様のお顔を拝見しようではないか。

 伏せていた目を上げ、そっと彼を見上げる。


 精悍な目鼻、そして、ご立派な髭を蓄えたおっちゃんが、そこにいた。


 はぁー、なんだおっちゃんか。

 そんなに緊張すること、なかったかな。

 自慢じゃないが、ご近所のおっちゃんにはやたらと受けが良いのだ、わたしときたら。


 でも思えば、この騎士様は倒れたわたしを心配して駆け寄ってきたのだろう。

 そんな親切な彼に、わたしはまだお礼のひとつもしていないじゃないか。

 ありがとう。かたじけない。ご面倒おかけします。

 もう、この辺で降ろしていただいてかまいませんから。


 気持ちが通じたのか、騎士様は優しく、わたしを床へ降ろす。

 おー、やはり貴男はジェントルマン。

 抱え上げられた時も、今も、まったく身体に衝撃を感じなかったぞ。


 わたしは騎士様に、ちょこんと頭を下げてお礼をした。

 通じたかな。


 しかし騎士様は、表情も変えずにどこかを見ている。

 むっ、無愛想なやつだな、貴男は。

 こちらを向くのだ。


 騎士様は、無愛想な顔のままわたしを見つめた。

 おっ、そうだ。


「あ り が と う」


 わかるかな?

 だが今度は騎士様の視線、それは見事にわたしを素通りスルー、その手は背後を指し示す。


 むむっ、後ろ? わたしの後ろに何かがあるのか?

 背後を振り向けば、折しも何者かが、この聖堂に足を踏み入れようとするところだった。




 ふえーっ。思わず見とれてしまったよ。

 ゆるゆるふわふわと揺れる金髪に、翡翠のように美しく輝く瞳。お肌なんか、名うての陶工が焼き上げた陶器のような張りと艶だ。


 やって来たのは絵に描いたような、どころか絵にも描けないような美しさ。間違いない。彼女は、この国のお姫様だ。


 ふいーっ、思わず惚れてしまいそうだぜ。

 超絶美少女のお姫様は、その身を動かす度に全身からキラキラとした輝く光の粒子かナニかを振りまくのだ。


 あ、ホントは振りまいてないです。あくまで、わたし個人の感想です。


 わたしの傍らに立っていた騎士様は、御入室なさった姫君に歩み寄ると、ついっと片膝立ちとなり頭を低くした。

 おおっ、さすがは騎士様。そのポーズ、知ってる。騎士がお姫様によくするやつだよね。かっこいいぞ。

 元いた世界、日本では「殿っ!」とか「御意っ!」とかってやってる時のポーズ。


 しかし気がつけば、わたしまで騎士様と並んで、お姫様の前で片膝を立て頭を低くしていた。

 ややっ、しまった。ついつい、お姫様の美しさにあてられて、同じポーズをしちまったぜ。

 まあ、いいか。これはこれで、別に不敬罪で捕まることもなかろう。


 言葉は分からないけれど、お姫様に呼ばれたような気がして顔を上げる。

 お姫様は、開いた魔導書グリモワールを左手に、わたしの額の辺りに右手をかざした。

 彼女は、目を閉じ、呪文のようなものを唱え出す。


 あれ、呪文って魔導書グリモワールを詠みながら唱えるんじゃないんだ。

 カンペじゃあるまいし、当たり前か。


 益体やくたいにもつかぬことを、ぼんやり考えているわたしを、どこからか呼ぶ声が聞こえる。


 あれ? なんだ? なんで呼ばれているって分かったんだ。


「我らの求めに応え、よくぞ、いらっしゃいました、異世界の方よ」


 おおっ!? 言葉が分かる。分かるぞ。

 耳に聞こえるのは、外国の言葉なのに、頭の中では日本語が響いている。という不思議な感覚。


「はい」


 やべー。日本語で返事したのに、口から出てくるのは、この世界の言葉らしきものだ。

 すげー。魔法すげー。


「あなたは聖人……いえ、女性の方なので、“聖女様”となるのかしら」


 やっべー、すっげー……。

 ……って、あれ、今お姫様、なんて言ったんだ?


 セイジン? いやセイジョ?

 なんだ、それ。


 ああ、聖人君子の聖人に、わたしは女だから“聖女”ってことか。


 えっ? 聖女?


 聖女?


「ええええええええええーーーーーっ!!」

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