第65話 ハーネット

 ロボット操縦ゴブリンを倒した後はしばし平和な日が続いた。

 ダンジョンに入っている時点で平和じゃないか? 俺も慣れたな。

 自律飛行ドローンをダンジョンに運んで飛ばす日々。

 地味な毎日だ。


 指示された数のドローンを飛ばした後は、ドローンの映像解析が終わるまで時間が出来たけど、出来た時間は全部訓練に割り当てられたから休めたわけじゃない。

 一応大学生なんだけどね。俺。


 公務員は思いの他ブラックだと聞いたことがあったが、現在絶賛実感中。

 将来本当に自衛隊に就職でいいのか迷いが生まれるほどに過密で過酷だ。


 毎日汗水垂らして肉体労働していると、会議も癒やしだ。

 少なくとも座って休める。


 だからまた役所の会議室に行くように命じられたときは顔がにやけてしまった。

 笑うところじゃないよね。うん、ごめん。




「今日は多忙な中集まって貰ってすまない。早速だが内部の映像解析に進展があった」


 いつも通り鬼山二佐の言葉をトリガーに会議が進行する。


「まず、解析結果の前に皆に見て貰いたいものがある。大頭さん」

「はい」


 この会議の内容は基本的に極秘なのだが、よく外部の方がいらっしゃる。

 まあ、俺が気にしても仕方ないけど。裏で自衛隊が国家権力を使ったパワハラで黙らせているのだろう。


 貴重な座ってるだけでお給料が貰える時間だ。

 場の空気を乱さぬよう静かに大頭さんの説明が始まるのを待ち、思わず「は?」って声を出した。


 他の参加者も声を出してたから目立たずに済んだけど。


「静粛に。大事な事前情報だ。まずは静かに聞いてくれ。失礼しました。大頭さん。お願いします」

「はい」


 因みに俺を含むこの会議の参加者が声を出した理由は、大頭さんが始めた内容がゲームの説明だったからだ。


 六年前、話題となった世界初のフルダイブゲーム。

 アザーワールディパーク。


 巷でかなりの話題になったが、その後ゲームに人体に及ぼす悪影響が発見されて、アザーワールディパークは閉鎖。

 その後フルダイブゲームは法規制された。

 あらゆるゲーム会社がアザーワールディパークに負けじと開発に投資したが、この法規制により投資金を損切りせざるを得なくなったゲーム会社が続出。会社によってはその後倒産に陥ったところもある。

 ゲームとアニメが世界に誇る輸出品である日本は、これによってゲーム会社が衰退したことで貿易能力が低下。今の不況の原因の全てってわけではないが、評論家が不況の原因の一つとして数える位には、確かに景気に影響した事件だ。


 そのフルダイブゲームの世界ハーネット。

 まだ出来たばっかりのゲームだったこともあり、その世界では広大な海に大陸がぽつんと一つだけ浮かんでいる状態だったらしい。


 会議室のスクリーンにはハーネットを空から俯瞰した画像が映されている。


「そしてこれが内部をドローンによって映した画像を合成したものだ」


 大頭さんの説明に鬼山二佐が割り込んで映し出した画像。

 会議室が僅かにどよめいた。


 漸くなんでゲームの説明をし始めたのかが解った。

 海から見える大陸の形状とか細かいところまで、うん、そっくり。


 つまり、これの意味するところは……なんだろう?

 ゴメン。まったく解らない。


 俺には解らなくてもここにいる大人達は解るのかもしれない。

 うん、やっぱり大人しくしているのが正解みたいだ。


「大陸の形状、草木の生え方や種類。偶然と呼ぶには余りに似すぎている。だが、アザーワールディパークが創られたのは、あの飛来物が落ちる前。アザーワールディパークが飛来物内部を参考に創られたと考えるのは無理がある」

「ですが、その逆も然り、ですよね」


 参加者の一人がそう言うと、鬼山二佐は頷いた。


「確かに。いつからあの飛来物がこの星の近くにいたのかは定かではないが……仮にあの飛来物にまだ知性体が残っていたとして、何かを参考に内部を構成したとしても、それがアザーワールディパークである必要がない。ただし、これが意図したものでなければだ」

「どういうことでしょうか?」

「飛来物は偶然NE-WSに激突した。そして、ここからは推測だが何らかの方法で飛来物はアザーワールディパークの情報を読み取ったのではないだろうか?」

「?」

「考えてみて欲しい。飛来物の内部はナノマシンによって構成されている。ナノマシンはその名の通り機械だ。何らかのプログラム、或いはそれに類するものに指示をされ、その通りに動くことしかできない」

「……つまり、激突した際、飛来物はアザーワールディパークの情報を読み取り、内部構成をハーネットに作りかえたと?」

「あくまで予想だ。だが、これらの画像を見る限り考慮すべき推測だとも思う。

 我々の目的はあくまで内部の制御システムを手に入れること。内部の世界がどうやって出来たかははっきり言えばどうでも良い。重要なのは仮に内部がハーネットと同様の造りであるならば目指すべき場所もハーネットを参考にできるということだ。

 大頭さん」

「はい。ハーネットにあるシステムに関与する場所は二箇所あります。一つは運営アバターの拠点である天空に浮かぶ城、高天城たかまじょう。もう一つが自動AIが創りだしたボスモンスターに戦闘データを積むためのユーザーから隔離された地下遺跡。内部の画像を見る限り高天城は再現されていませんから、内部が本当にハーネットのコピーであるならば、地下遺跡が目指すべき場所と言えるかと」

「その地下遺跡というのはどこにあるんです?」

「大陸中央にある大きな山の中……ゲームの中ではその山をこう呼んでいました」


 そう言いながら大頭さんがふと目線を俺に向けた。


「魔峰セントルシフ」


 その名前を聞いて、何故か俺の背筋に寒気が走った。

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