第63話 ナノマシン

 ダンジョンから持ち帰った空気。

 空気を持ち帰る、とか今まで生きてきて発想したこともなかったな。


 俺が採取した空気は自衛隊から国家の研究施設に送られた。

 その解析が終わるまで、俺の日課はざっくり二つに分けられた。


 午前中は特別訓練を受ける。

 走ったりスクワットしたりと基礎トレーニングから射撃訓練に格闘訓練。

 曜日毎に違う時間割を熟しつつ、午後はダンジョンの草原地帯に入り、事前に受けた指示に従ってドローンを飛ばし、映像を持ち帰る。


 ダンジョンの中では衛星画像なんて当然使えないから、ダンジョンの様子は俺の飛ばすドローンの情報が全てだ。


 俺が持ち帰った映像を、無表情に受け取る自衛隊員。

 おそらく欲しい情報が見つかっていないんだろうね。


 そんな日々を繰り返していると、また役所の会議室への招集命令が下りた。

 いや、驚きましたわ。


「本日集まって貰ったのは、皆知っているとおり、我々が飛来物と呼ぶものの内部。その空気についての解析内容を共有するためだ。今回解析にあたって、佐名木大学の多芽目たがめ研究室に協力を頂いた。多芽目教授」

「佐名木大学の多芽目です」


 何が驚いたって俺の研究室の教授じゃんって部分ね。

 まあ、確かにナノマシンの権威の一人ではあるけれども。


「では早速ですが、今回持ち込まれた空気サンプルについての解析結果について、まず報告させて頂きます」


 多芽目教授がそう言いながら、プロジェクターに報告資料を写す。


「まず、先に。ご存じかと思いますが、内部のナノマシンは現代我々が取り扱うナノマシンとは大きく概念から違うものです。現代のナノマシンを受動的と評するならば、内部のナノマシンは能動的と言いますか……」


 どうして教授とか先生って呼ばれる人達の言葉って解りにくいのだろうか?

 専門用語とか普段使わないような英語とか混ぜ込むからだっていうのは解るんだけど。わざと解り難くしているとしか思えない。悪意すら感じる。


 それでも一応、そこの学生として席を置く俺なりの解釈で多芽目教授の報告を要約すると。


 現代のナノマシンっていうのはマシンと良いながらナノサイズのカプセルに薬を入れているだけとか、他にも種類はあるんだけど、これが一番例として解り易いな。


 例えば腕が折れたとして、治療の為のナノマシンを投与するとする。

 身体に打ち込まれたナノマシンは血液の流れに乗って目的地まで辿り着く。

 そして、骨折した場所で医療に詳しくないから忘れちゃったけど、骨折した場所から発生するなんらかの成分とかと反応してカプセルが割れる。

 で、薬が骨折した場所に届く。


 つまり、目的地まで連れて行くのはあくまで血液。カプセルもナノマシンが自分で割っているのではなく、身体が発生させる成分が割っている。


 これを受動的と教授は表現している。


 じゃあ能動的なナノマシンは何かというと、さっきの例えで言うならば、自律思考するエンジンを積んだナノサイズのマシンがカプセルを持ち、血液の流れなんぞ知らねえよと目的の場所まで自力で突き進み、身体の習性に頼ることなく自力でカプセルを割る。とまあ、そんな感じ。


 そしてダンジョン内部にはそんなナノマシンが空気中にウヨウヨしていると。

 その種類は現代のナノマシン研究室で解析する限り、六種。

 あくまで現代での解析だから、もっと多い可能性はあると。


 見つかったナノマシンの内一種は、妖怪に変じた人達とか、俺とかから採取されたナノマシンと形状が類似するということで、ダンジョンに潜れば人間が人間じゃないものに変異するのは確定的。

 一方そのナノマシンの解析は危険性を考慮して密閉空間で行われたそうだが、その密閉空間内の空気濃度が時間が経つほどに減少していったと。

 これに関して教授は空間拡張を司るナノマシンの働きと予想をつけた。

 入っている空気の量は変わらないのに容器の体積が増えれば、密度は減るよねと。

 

 つまり、ダンジョンの広大空間を作り出しているのは、おそらくナノマシンじゃないかと言いたいらしい。


 じゃあ、他のナノマシンはなんなのか?

 あくまで推論から導き出される可能性であるが、おそらくあの空間に地面とか木とかを創りだしているものじゃないかと。

 空間を拡張させても、そこにあるのは無。

 だから、空間拡張ナノマシンに追随して、あの大地とか木とかを生み出しているナノマシンがいなきゃおかしいと。


 ナノマシンはSFではもはや空想未来の錬金術だ。

 空気中の分子や原子を結合させて物質を創り出すとかね。


 その所詮空想に過ぎない錬金術が、あのダンジョンでは実用化されているというのだから、この発見は色んな意味でとてつもなく大きい。

 解り易く言えば、このダンジョン製ナノマシンを世界にばらまき、意のままに操ることができたとしたら、その人間は正しく神の如き力と権能を得ることになる。

 SFというよりファンタジーだ。

 その人間がその気になれば火や水も金も生み出せる。

 もはやナノマシンというより魔法という概念で考えた方が人によってはしっくりくるかもしれない。


 教授の報告を聞いた会議室の者達は、教授が報告を終えても惚けたようにしていた。多少現代技術に対する知識を持っていれば、これがどれだけとんでもないことか解るだろう。


「現状推論の部分も多いが、解析とは時間のかかるもの。漸く僅かとはいえ先に進んだとここは喜ぼう。とはいえ、まだ解っていないことの方が多い。

 これはしかたのないことではある。解析に関しても現代技術で現代より進んだ技術を解析しようとすることに無理がある。ならば、現代技術を進化させる為にも、やはり内部の技術を継続して取得することが重要となろう。

 我々には幸いにも内部を調査する術がある。日本のために、人類の未来のために、これからも協力を願う」


 鬼山二佐の締めの言葉ともに皆の視線が俺に集まる。

 胃が痛えな。だってさ……


「差し当り、以降は更なる内部の調査に踏み込んでいく。各自そのつもりでいてくれ」


 これって、これからは更にダンジョン奥地へ行って貰うぞって宣言でしょ?

 つまり俺の猪ゴールの安全なダンジョンツアー期間は終わったわけだ。

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