第60話 求められるスキル

 幸運のみで生きていける者がいないわけじゃない。

 宝クジを当てて脱サラした人なんかは、まさにこの典型だろう。


 だが自分を幸運の持ち主だと勘違いし、確証のない何かに人生を全賭けすれば、正にその後は運次第。それも大抵の人間はその幸運に恵まれず、場合によっては人生詰むんだろうな。


 まだ学生の時分でそれに気づけたのが本当の意味で俺の幸運なのかもしれない。

 楽な人生を目指してダンジョンなんて正体不明の何かに人生預けようとした俺は、傍から見れば阿呆なんだろう。


 真面目に学校に行って卒業し、来年しっかり就職活動してこの一年を取り戻す。

 そう考えを改めた。改めた矢先だった。


「少しお時間を頂けますか?」


 自衛隊の偉いのかどうかよく解らない肩書きの人から連絡が来たのは。


 鬼山二佐。

 国家権力に逆らうのもどうかと、仕方なしに早速真面目に通おうと思っていた大学を休んで迎えた約束の日。


「本日お越し頂いたのは他でもありません。現在我々の進める飛来物の内部探査に久留井殿、貴方のお力をお借りしたい」


 ……これをどう考えたらいいのだろう?

 最近似たようなスカウトで失敗した直後だが、徹底的な違いとして相手の身許に明確な保証がある。


 社会の中での上位にある国家機関。

 そこから求めらた俺のスキル。ダンジョンに入れるという特異性。


「少し考える時間を下さい」

「前向きな御検討をお願いしたい。これは日本という国家にとって重要な任務なのです」


 そう言いながら鬼山二佐が渡した連絡先の書かれた名刺を渡され、俺はいまそれを手で弄んでいる。


 ダンジョン探索は俺にとってもう殆どメリットがない。

 だってレベルも上がらないし、スキルも覚えないんだもん。

 ただまあ、アイテムを手に入れられるというメリットはあるか。


 ちょっと考えてみよう。


 メリットは他にはないか?

 自衛隊はダンジョン探索を求めている。俺が探索の中で死ぬことは本位じゃないだろう。なら、それ相応の援助を期待はできるか。

 可能かどうかは分からないが、マシンガンを貸してくれたら今までそれなりの危険と引き替えに倒していた猪程度が雑魚と化す。

 その上で探索に使えるアイテムをある程度私物化出来るとしたらどうだろう?

 条件として言ってみる価値はあるかもしれない。


 ダンジョン内部の動画はバックアップが残っている。

 それを見せて危険だよってアピールすれば条件をのんで貰えないことはない気がする。


 当然報酬も期待できるだろう。

 ある意味優良企業だ。就職先として悪い場所じゃない。


 じゃあデメリットは?

 俺がダンジョン探索で背負う危険だ。

 だがその危険は自衛隊が貸し出す装備次第で相対的に低くなる。


 ……条件次第じゃ悪くない。

 社会に求められるスキル。俺には時分で胸を張って誇れるスキルがない。

 だからダンジョンに拘った。


 そしてそのダンジョンに入れるというスキルが今、社会の最高峰、国家から求められている。


 助けて貰える価値を自分に持たせるため、生きていく場所で求められるスキルを身に着けること。それが大切だと思い知った。

 そしてその条件が揃ったスキル、ダンジョンに入れるというスキルが俺には今ある。


 学んだことを行動に移せないなら、そもそも学ぶ意味もない。

 これはANTISからの胡散臭い依頼とは違うのだ。


 ふう。一旦落ち着こう。焦って決断しなきゃいけないことじゃない。

 腹減ったな……ラーメンでも食いに行くか……






 何となしに愛車を走らせた北内ラーメン。


「いらっしゃいませ。おお、久しぶりだね」

「ご無沙汰してます。八須賀さん」


 カウンターに座り、ネギラーメンの餃子定食を注文する。


「毎度あり」


 出されたお冷やをチビチビしながら、ラーメンを待っていると、隣に後からやってきた客が座った。


「あ、久しぶり。カブトさん」

「おお、久しぶり」

「ハチスカさんも」

「おう」

「注文いいですか? チャーシュー麵大盛り、チャーシューと煮卵追加トッピング。あと餃子セットに唐揚げ一つ」

「あいよ」


 いや、どんだけ食うんだよ。

 俺の引き気味の視線を勘違いした桑野さん。


「いやぁ。おかげさまで仕事が順調で。折角稼いでるんだから食べるものくらい豪勢にいきたいよね」


 ……こいつ……


「そういえばカブトさんって大学卒業後どうするんですか?」

「え? ああ」


 意地という感情を俺はとても無駄なものだと思う。

 こういうときに何故か湧き出るへんなプライドなど1ミリの得もない。

 だけどさ……


「実は自衛隊からスカウトの話が来てて……まだ悩んではいるんだけど」


 ついさ……言っちゃうじゃない。

 学校も同じ人間が、セレブロード一直線。悔しいじゃない。


「へぇー。確かにカブトさん身体能力もあるし、それで大学も出てればスカウトぐらいあるか……いやぁ、お互い将来安泰でよかったよね。あ、今度お互い稼いだお金で高級料亭とか行きましょうよ」

「え、お、おう」


 はっきり言うが桑野さんとの食事にドキドキしたなんて気持ちは一欠片もない。

 ただ、こんな奴が将来安泰で俺はまだ何も決まっていないと言う事実を突きつけられて、俺史上最大に悔しかっただけだ。




 俺は自宅に帰った後、鬼山二佐に了承の旨を伝えた。

 

 

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