第57話 無力なスキル保持者

 アテもなく彷徨っても遭難するような世界ではない。

 少なくとも現代の日本は。

 人の手が入っていないところの方が少ないのだから。


 金さえあればどこに迷い込もうが飢え死ぬことはない。

 道沿いに歩けばコンビニだったり食堂だったりがどこかしらにはある。

 肝心の金がねえんですけども。


 空腹を訴える腹を気力で無視して彷徨い続け、やっと見つけたネカフェ。

 とにかく栄えてそうな方向に進行方向を取るという足に任せた力技でなんとか行き着くことが出来た。


 もう財布は空っぽだ。

 追跡されないか危惧はあったが、クレジットカードで支払うことを決意して、早速個室に入る。


 まずは小金井教授の研究内容の調査だ。


 大学のホームページを開き、小金井研究室のページを探す。

 研究内容がいくつか並ぶ中で目についた研究内容が一つ。


「空間拡張……どこのファンタジーだ?」


 一瞬そう思って流そうとしたが、俺が欲しかったのはむしろこういうファンタジーだったと思い直す。

 だってダンジョンだもん。


 研究項目をクリックするとざっくりとした概要が表示される。

 反物質の分解による空間拡張……正直意味がよく解らない。


 解らないが……


「ダンジョンの内部には地上のような空間が広がっていた……それがこの研究と関わりがあるとしたら……どう考えればいい?」


 俺が知らなきゃいけないのはなんで小金井教授が殺されたのかを知ることであって、研究の詳細じゃない。だから解らなくていいんだ。


 大事なのはダンジョンで使われていた技術を既に小金井教授が考えついていた……という事じゃなかろうか?

 多分そうだと思う。


 そしてそれがアークレスさん達には不都合だった……てことか?

 アークレスさん達はダンジョンに何を求めていたのか?

 

 テロリストはダンジョンの技術を手に入れる為に活動していたとアークレスさんは言っていた。そしてそのテロリストはアークレスさん達だった。


 なら彼等の目的は……ダンジョン技術の独り占め?

 ダンジョンの技術が広まる可能性を摘んだ……ってことだろうか?


 少なくともダンジョンの光景を知る俺にとって、小金井教授の研究が実現不能なものであるとは思えない。

 いや、違う。重要なのはそこじゃない。


 今なぜ小金井教授を調べているのか整理しよう。

 将来を約束され、突如危険に陥ったと思ったら保護してくれた団体。

 そこにいたらその団体がどうやらヤベえところだと思えてきた。

 でも本当にヤベえかどうかは解らなかった。

 そこで小金井教授が現われ、不審な死を遂げた。

 だから調査の鍵として小金井教授のことを抜け出して調べようとしたら、追われて撃たれた。しかも小金井教授をやったのは七摘さんだろう台詞まで聞かされて。


 この時点で既にアークレスさん達が黒なのは確定している。


 だから優先すべきなのは証拠集め。

 俺は現段階で自衛隊員を殺害した犯人だと思われている可能性がある。

 身の潔白を証明する為に必要なのは?

 小金井教授の死因と秋朱さんの死因が同じであることを証明出来ればいい。


 ……どうやって?


 それが出来ないから、せめてアークレスさん達が小金井教授を殺害する明確な動機を調べるべき。であるなら、やっぱり調査対象は小金井教授の研究内容ということになる。

 研究内容はアークレスさん達の殺害動機となると推測できるものではあったが、それ以上のものではない。 

 堂々巡りだ……というか詰んでる。


 もしかして俺、このままずっと警察と自衛隊とアークレスさん達から逃げ回る生活をこれから続けなきゃいけないのだろうか?

 考えたくなくて考えないようにしていた事実。

 どこか現実逃避していた精神が、その事実を認識したと同時に恐怖で押しつぶされそうになる。


 今の世界で生きるのに必要なのは腕力じゃない。

 上がったステータスも、炎を出すスキルも、銃弾の効かない防御力も、水の上を歩けるアイテムも、生きる上では何の役にも立たない。


「無力だなぁ……俺」


 見ないようにしてた当たり前の真実をとうとう自覚した。

 してしまった。


 疲れが出たのか、それとも精神的なものか。

 そう言ったとたんに身体に力が入らなくなって、俺はその後暫くずっと座ったまま動けなくなった。




 俺は逃亡者だ。

 いつまでも座り込んでいるわけにもいかない。

 ネカフェを出ると、黒い一台の車から一人の男が出て来た。

 警戒する俺に男は懐から警察バッジを取り出しながらこう言った。


「警視庁の朝雲です。久留井さんですね」


 無力を実感した俺に逆らう力はもうない。

 この状況に、しかし何も出来ない自分。

 感じるのはただ絶望だけ。


「あなたを保護しに参りました。大丈夫、もう安心ですよ……久留井さん!?」


 だから続く言葉に気が抜けて、俺はその場にへたり込んだ。




………………




 それから俺は警察の保護という名の下で隔離生活を強いられた。

 ときどき事情聴取にくる刑事から聞かれたことには全て答えた。


 秋朱さんの事、小金井教授の事、アークレスさん達のこと。


 生活を送る中で若干大学休みすぎかな? とか不安を感じたりもしたが、自分の置かれている状況は理解している。文句を言うこともなく従った。


 隔離生活が一ヶ月ほど続いた後、自分の家に戻って良いと言われた。


「ANTISと名乗る者達のアメリカへの逃亡を確認しました」


 強烈な安心感が胸に去来し、俺を満たした。


 そしてこう思った。

 すでにダンジョンが俺の思っていたファンタジーの代物じゃないと解ったこともある。でもなにより、ダンジョンスキルなんてあっても実際の現実じゃ一人で無双して生きていけるわけがない。


 実際俺は変わらず無力だった。

 誰かの保護、助けがなければ生きていけない。


 そしてこれからもそうなんだろう。

 だから大切なのは、また助けて貰える価値を自分に持たせるため、生きていく場所で求められるスキルを身に着けることなんだって。

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