第56話 逃走者

 こういうときはレベルアップ……じゃなかったんだけど、向上した身体能力に感謝だ。運動不足だったらここまで走れなかった。


 で……これからどうしよう?


 車に乗って連れてこられた上に、ホテルの部屋に閉じこもっていたから土地勘なんてあったもんじゃない。


 追ってくる七摘さんをフィジカル任せでまいたものの、完全に迷子だ。

 ここは冷静に。


 まず目的地を決めよう。

 自分の家なんて贅沢なことはいえない。

 小金井教授を調査する意味でもまずは……ネカフェかな?

 じゃあネカフェが何処にあるか? 知らねえよ。


 解らんものは解らん。

 なら解るところに行けば良い。


 日本というのは海に囲まれている。

 そして遊子里家はオーシャンビューが売りだ。

 つまりちょっと行けば海がある。海の方向ぐらいは解る。

 海を見ながらあるけば海沿いから外れることはない。


 どうしよう? 考えていることが凄く馬鹿っぽい。

 が、他に考えつきもしないから自分を信じよう。

 大丈夫。根拠はないが俺は天才だ。


 海があるなら港もあるはず。

 猟師さんをターゲットにした施設もあったりしないだろうか?


 そもそも行くアテなどないのだ。

 ここで立ち止まるより、まずは動こう。

 もたもと考えている内に七摘さん達に見つかって、捕まるのが一番最悪だ。


 意気込みも新たに海を目指す。

 もう暗いが建屋の間から海なら見えてる。




 ………………


「なんでこんなに入り組んでんだよ!」


 これで何度目かの行き止まりだろう?

 道だと思って進んでいたら倉庫だったり、民家だったり。


 子供の頃人間はもはや電気がないと生きられないみたいなことを言っていた人がいたが、俺みたいなネット世代はネットを切られただけで余裕で生存不可だと思い知る。


 一度自分の生活を考え直すべきだろうか?

 仮に俺が異世界に召喚されたらどんなチートを貰っても生きていけない。

 あ、ネットスキルを貰えばワンチャンある?


 くだらない事を考えながら歩き続ける。

 というかくだらない事でも考えてないと歩き続けられない。


 誰かに追われているというのはそれだけでストレスMAXだ。

 ふざけてないと挫けそうだもの。


 精神を押しつぶそうとするストレスをはじき返しながら、何とか辿り着いた海。

 どうやら港に着いたらしい。


 ガッチリしたコンクリートの足場。

 視線の先には何隻かの船が見える。


 海を足場から海を覗き込むと水面まで結構な高さがある。

 落ちたからって死ぬ高さじゃないが、怖さを感じる程度には高い。


 さて港が見つかったら次はネットを使える施設探しだ。

 ……どう探そ?


 当たりは暗く人通りも少ない時間。

 ふと道路を走る車のヘッドライトが目に入る。

 まあ、深夜でも活動している人はいるよな……


 ……気は進まないが無難に人に道を聞くという手段をとるべきかもしれない。

 今どき人に道聞く人もいないから、声をかけるだけで不審者と警戒されかねないのが玉に瑕だが仕方ない。


 覚悟を決めて歩き始めようとすると、さっきの車がそのまま道路から外れてこっちに向かってきた。

 なんだろう? これから出航する猟師さん?

 違う。あの車は……


「見つけたぞ!」


 車を停めて降りてきたのは七摘さんだ。

 マジ? 最悪……


 ひとまず逃げるか?


「逃げても無駄だ!」


 走り出そうとする俺に、背広の懐に手を入れながら声を上げる七摘さん。

 背広に手を突っ込みながら人を脅す人が何を取り出すか。

 俺一つしか心当たりがない。

 おい、日本の法律よ。大至急仕事してくれ、いやマジで。


「大人しくついて来るんだ。そうすれば危害は加えない」


 背広から引き抜かれた手には想像通りの黒光りするアレが握られていた。

 銃口がやたらと長いから、多分銃口にはサイレンサーがきっちり装着されているようだ。

 サイレンサーってそんなに消音効果ないって聞いたことあるけど、どうだろう?

 撃てば通報されるかもとか思って躊躇してくれないだろうか?


 何にせよ捕まる訳にはいかない。

 一か八か、俺のレベルアップした速さのパラメータで逃げ--


「ぐえっ!?」


 くそっ! 撃ちやがった!?

 襲う脇腹への衝撃に顔が歪む。

 流石は文明の利器。

 耐えきれず海の方へ俺の身体は吹っ飛ばされた。


 いくらパラメーターが上がったからってやっぱり銃を躱すのは無理か。

 腹に風穴開けて海に投げ出されれば、流石に無事じゃすまないのは解る。

 ジ、エンド。

 普通ならね。


「ふうー。流石ダンジョンアイテム」


 幾らラバースーツとはいえ銃を防げるとは思わなかった。

 いや、結構痛かったけどね?

 骨とか大丈夫かな……


 海には沈むことなく忍びのブーツで水面に立つ。

 備えあれば憂いなし。備えたというより習慣的に履いていただけだけど。


 革靴がコンクリートを叩く音が聞こえる。

 俺を確認しに七摘さんが動き始めたのだろう。


「頼む。保ってくれよ……」


 安心している場合じゃない。忍びのブーツの水面歩行期間は有限だ。

 水面をダッシュし、急ぎ船の陰に隠れる。

 船に手をかけ、充電が切れたときに備えながら、七摘さんの様子を覗き見る。

 暗くてよかった。日中なら見つかってる自信がある。


「こちら七摘。目標をやむなく撃った。場所は水馬港。目標は海に落ちた。捜索の応援を頼む。場所の詳細はGPSから追跡してくれ」


 応援を待つまで車に戻るのかな?

 七摘みさんが戻っていくのを見届け、忍びのブーツをチェック。

 ブーツの電池残量はまだ二つ残っている。


 出来るだけ水の音をさせないよう、ゆっくり素早く。

 海の上を可能な限り迂回し、七摘さんから距離をとった俺は陸地によじ登り、そこから逃げるべくとにかく全力で走り続けた。

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