第39話 猪戦再び
陰陽師の術比べも終わり日常に戻った。
術比べの動画がアップされていたので見たが、もう、僕ちゃんなんて言って良いかわかんない。
この世に流れている動画にどれほどの真実があるのか、この人達のせいでとても懐疑的になってしまった。
というか内容が殆ど省略されている。
「人々は忘れている。だが、妖怪達は今も尚陰に潜み、常に人々を狙っている。
そんな妖怪達と戦う者達がいる……」
そんなナレーションで始まるクソ動画。
映画の予告みたいに良いところだけカットされたシーンを繋いで、まるで大層な決闘を演じたかのように構成されていた。
桑野さんが丸太を吹き飛ばし、ゴージャス嬢が呪符で呪符を絶対追加した効果音とと共にぶった切る。もちろんカミソリ云々なんて台詞はカット。
桑野さんがオールバックを制したかと思えば、ゴージャス嬢が呪符を投げつけピンチに陥る俺達。しかし炎を噴き上げ呪符を焼いたところで形勢は逆転。桑野さんが踏み込んだかところで動画が切り替わり、最後は釜出家のCMが流れた。
概要欄に桑野家への連絡先のリンクも貼ってあったから、一応敗者として気を使ったということだろうか?
後を追うように桑野さんも動画を投稿。
最後のCMは桑野家だった以外はこちらも殆ど構成は同じだった。
陰陽師への依頼が減っている昨今、業界を盛り上げるためには競い合いより助け合い。この後、変に絡まれても面倒くさいと、桑野さんからあの後動画に関しては勝敗を濁す方向で話合いを行ったらしい。
まあ、俺の口出す事じゃない。
あの戦いから学んだことは……殆どないが、その為の訓練で得たものはきっと大きい。
今日もダンジョンに潜りながら、そう割り切ることにする。
怨霊を身体に使役する桑野家流の陰陽師と勘違いされている事実など、早く忘れてしまいたい。
短刀と槍を持ち、ダンジョン内の草原へ。
見ると今日もちゃんと猪がポップしていた。
偶にいないことがあるのは何なのだろう。
リポップの条件が解ればダンジョンに来る期間とかも計画しやすいのだが、どうにも法則性が解らない。
扉を開けると猪が突撃してくる。
今日はゴブリンはいないようだ。猪に集中出来て都合が良い。
戦闘で必要なことはまず何より攻撃を受けないこと。
そして攻撃を躱したときにできる限り自分の攻撃範囲に敵を捕えておけるよう、最小限の動きで躱すこと。
桑野さんの教えを頭の中で復唱しながら猪を迎え撃つ。
ある意味、相手は成果を出しやすい敵であると言えるだろう。
猪突猛進の言葉通り、猪の攻撃は突進による直線攻撃。
冷静になれば躱すことは難しくない。
「プギィイイイイ!」
掠れた声を上げながら角と牙を頼りに前進するだけの巨体。
右手に槍を、左手に短刀を持ってその切っ先が目前に迫るのを待つ。
そしてギリギリで横っ飛びで身を躱す。
「ブモォオ!」
突如目の前からいなくなった獲物に戸惑うように急ブレーキをかける猪。
その猪を見ながら充分に距離をとる。
至近距離であれば猪は牙と角を振り回し、突き上げるだろう。
距離が近いほど攻撃は多彩になる。
人間と一緒だ。
遠くからのパンチはストレートだけ。
近くに行くとフックやアッパーなど攻撃の種類が増え、それ故に躱しにくくなる。
敵の攻撃を限定させる。
これも大事なことだ。
そして限定した攻撃に狙いを定め、渾身の一撃をぶち込むのだ。
大丈夫。突撃は躱せる。
確認は出来た。
次は攻撃に移る。
地面を脚でかく猪を見ながら覚悟を決める。
「プギィイ!」
再度掠れた雄叫びが鳴り響き巨体が迫ってくる。
冷静に。しっかり容赦なく弱点を狙う。
生物は共通した弱点がある。
「ブギャアアア!」
例えば目。
突撃する猪を躱しながら、今度は槍を持った左手を猪の進路に残す。
力は要らない。
槍の先端を猪の目の前に残す精密さがあれば良い。
深く刺す必要はない。
左目を潰した猪が暴れるが俺は既に後ろに跳びすさり間合いの外。
そのまま後ろに下がり続け、再度の突進を誘う。
「ブルル! ブルルルッ! プギィイ!」
槍は抜けたが片目は血まみれだ。見えちゃいないだろう。
勝てない相手と戦うならば勝てる状況をつくれ。
武器を持っているなら武器を潰せ。
潰せないなら無効化しろ。
どんなにフィジカルが強くても、視界を潰され敵の姿が見えなければ意味はない。
銃弾も狙える目がなければ当てようがない。
そして目を潰された相手は、こちらの攻撃も察することは出来ない。
突撃する猪を再度左に躱す。そのまま今度は猪の左の尻の近くにいるようポジショニング。
暴れて跳びはねる猪の脚に潰されないように、油断せずに動きながら、敵の視界から姿を消す。
猪が見失い、落ち着くのを待つ。
この左側にいる限り、こいつが俺を捕えることはない。
「ブルルッ……ッゴ、ッゴ」
頭をふって地面の臭いをかぎ始めた。
嗅覚で俺の居場所を突き止めるつもりだろうが、待ってやる必要はない。
「っらああ!」
踏み込み、短刀を突き刺す。
狙うは心臓への一撃。
既に前回猪を一頭倒している。
何処を刺して倒したかも覚えているぞ!
「プギィイイ」
突如突き刺された短刀の痛みに再び暴れ出す猪。
無理はしない。
短刀をすぐに手放し、跳びすさる。
致命の一撃は与えた。
恐怖する必要はない。
後は待つだけで良い。
「ブルルッ、プギイイ!」
間合いを取った俺に突っ込んで来る猪。
逃げるかもと思っていたが、流石ダンジョンモンスター。
まだ戦う気満々だ。
そんな気迫に誤魔化されないぞ。
明らかに突進の速度が鈍っている。
そうだろう?
………………
何度目かの回避。
そして猪は力尽きたようにその場に横になった。
「プヒィイ、プヒィイ……」
もう動けないらしい。
少しずつ上下する腹の動きが弱くなっていく。
もう近寄っても良いだろう。
短刀を引き抜き、そのまま暫く見ていると、腹の動きが止まった。
そして猪にスライムが群がり始めた。
「っしゃあああ!」
ダンジョン内であるというのに思わず雄叫びを上げてしまった。
でもそんな自分を今日は許そう。
これで漸く俺は先に進めるのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます