第38話 術比べの終わり

 混乱した気持ちを何とか立て直し、最後の戦いの場に進む。

 なんでだろう? なんか緊迫した気持ちになれない。


「では最後の術比べを行います。両者よろしいか? ……始めぃ!」


 既に審判が開始の合図をした後だ。

 真剣な殴りあいの最中。集中しよう。

 まちがっても陰陽師の打撃をまともには食らいたくない。


「おおっ!」

「斎藤!」


 開始直後にゴージャス嬢に突っ込んでいった桑野さん。

 その線上に立ちはだかったオールバック。

 桑野さんは素早くターゲットをオールバックに切り替え渾身のダッシュストレートをぶち込むも、その拳を横から裏拳で引っぱたくようにオールバックが捌く。


 二人の拳からバシーンッと空気を振るわす音が鳴り響く。

 うん、やっぱ格闘能力はパないわ、陰陽師。


 身体能力はともかく、言うてまだ訓練間もない素人の俺の役目は、桑野さんが二人に挟撃されないよう、一人の気を引くことだったんだが、ゴージャス嬢は動く気がないらしい。


 オールバックと桑野さんがサシで殴り合っている。

 考えてみればドレスでこの場に現われたゴージャス嬢だ。殴り合いは得意ではないのかもしれない。

 ってことは、役立たずってことか?

 殴り合いの出来ない陰陽師の存在意義がもはや謎だ。

 この戦いで呪符なんぞ投げても……


「チッ」

「出でよ! 式神! 邪鬼!」


 気付いて良かった。

 危うく忘れかけていたがゴージャス嬢の呪符はカミソリ内蔵。つまり立派な凶器だ。そしてこの三戦目は呪符投げOK……あれ? でも刃物はNGだったような?

 ともかく向こうの作戦が解った。

 オールバックに前戦張らせて、ゴージャス嬢が呪符投げでの遠距離攻撃って布陣だ。


 そう思い至った俺はゴージャス嬢と桑野さんの間に飛び込んでいた。

 金剛タイツがなかったら結構ヤバイ重傷だったんじゃないだろうか。

 ジャケットの袖に刺さった呪符を見て、すこしゾッとする。


「あら、ただのお飾りかと思えば中々やりますわね」


 武術の達人は姿勢なんかで相手の実力をあらかた見抜くらしい。

 俺を見た相手は必ず油断するから、最初は俺は相手の出方を見つつ隅に引っ込み、相手が二人で桑野さんを取り囲んだところで不意打ち。

 あわよくば仕留め、出来なければ逃げ回ってとにかく気を引くというのが作戦だったんだが、不意打ちはこれで使えなくなった。


「ですが、ワタクシの式神を受けたその腕、もう使い物にならないでしょう。

 大人しくこれで退場なさい! 式神! 邪鬼!」


 いえ、ノーダメージです。

 再度呪符を投擲され、もう一度防御する。


「な!? そんな!?」


 驚愕するゴージャス嬢。

 俺はノーダメージだが、このまま喰らっていたら服が再起不能になってしまう。

 とはいえゴージャス嬢を殴るのは気が引けるし、仮に殴りに行ったとして相手は陰陽師。強くないと決まったわけじゃない。

 カウンターとか喰らったら死ぬ自信がある。


「斎藤! 早く仕留めなさい!」

「はっ」


 そういう斎藤さんを横目に見ると、かなり苦戦しているというか


「ぜああああ!」

「ぐはっ」


 かなり劣勢だ。


「斎藤!?

 なんなのですかあの女は!? 自身の中に鬼でも使役しているの!?」


 ……もしかして桑野さんて陰陽師の中でも規格外だったりする?


「おおお! 桑野家護身法身固め! 九字連戟!」

「ぐあぁああああ!」


 どうやら桑野さんとオールバックの戦いは決着がついたらしい。

 早……


「残るはアナタ一人ね」

「……くっ!」


 後ずさるゴージャス嬢を追うように桑野さんがゆっくり歩み進める。


「ふんっ! 斎藤を倒したからといっていい気にならないことね!

 ワタクシのとっておきをお見せしましょう!

 式神! 邪鬼! 五行散界!」


 ゴージャス嬢が迫る桑野さん投げつけた札は五枚。

 ショットガンのように分散して投げつけた札が桑野さんを襲った。


「チィッ!」


 桑野さんは避けるも若干かすったらしい。

 少年漫画の登場キャラのように頬から血を滲ませる。


「呪符はまだまだありますわ。いつまで避けられるかしら?」

「……」


 アナタのドレスの胸元は四次元ポケットですか?

 再度呪符を構えるゴージャス嬢。胸が切れたりしないのかな。

 桑野さんも迂闊に飛び込めないと思ったのか、その場で身構えるも動くことが出来ないでいる。


「フフ。形勢は逆転したようですわね」


 札を構えて余裕の笑みを浮かべるゴージャス嬢。

 そんなゴージャス嬢を睨み付けながらジリジリと俺のほうに歩み寄る桑野さん。


「クルイさん……あの呪符、焼けますか」

「え? それは……まあ」


 できんこたないけども。

 小声の桑野さんにそう応えると、桑野さんは俺の後ろに走り込んだ。

 なんて奴だ。俺を盾にする気だ


「呪符が来たらその札を焼き散らして下さい。

 その瞬間に私が突っ込みます」

「ふん。何をコソコソと。

 どの男、多少丈夫とはいえ只の素人。ワタクシの目はごまかせませんわ。

 その男を盾にずっと隠れているつもりかしら?

 ならば先にその男から始末して差し上げましょう。式神、邪鬼! 五行散界!」

「クルイさん!」


 ……ああ、もうしゃーなし。

 クライアントの言うことだし、実際このままカミソリを受け続けたらジャケットが雑巾になってしまう。

 顔はマスクで隠しているし、動画見られてもなんとかなるだろ。


 迫り来る呪符に両手をかざし、最高出力で炎を噴く。


「ファイヤーブレス!」


 手の平から炎を噴き出す。俺のもう一つの火属性魔法。

 ファイヤーボールの様に飛ばないが、手から五十センチ位炎をバーナーのように放つことができる。五十センチの間合いなら槍刺した方が効果的だからダンジョンじゃ使うことはないが、こういうときなら効果がある。

 欠点は……


「アッッッチイーーーッ!」


 お手々の耐久力限界まで炎を放射すると、炎の生み出す気流で飛んできた札が軌道を変え、炎にくるまれて床へと落ちる。


「なんですって!?」


 驚きに全力で隙を晒したゴージャス嬢に向かって桑野さんが走る。


「おおおお!」

「くっ! しまった!」

「せいあぁあっ!」

「けはっ!」


 容赦なき鳩尾へのショートアッパー。

 膝から崩れ落ちるゴージャス嬢。


「まさか……アナタも身体に怨霊を宿していたとは……」


 陰陽師の発想は皆一緒なのか?


「これが……桑野家の術……」


 なんか盛大に勘違いしながらゴージャス嬢は地に伏した。

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