第35話 対決の日

「形になってはきたかな……

 まだまだ直したいところはあるけど。

 カブトさんは身体能力自体はあるから、うん。大丈夫」

「ダメでも時間は待ってくれないけどね」


 一か月も顔を合わせている同世代。

 お互いに話す言葉からですますが抜けたのはいつからだったっけ。

 俺も男だ。かわいい女の子と仲良くなれたと喜ぶべきか? ……無理だな。


 こうして一か月も訓練を受けていると、漸く俺にも陰陽道の術理なるものが如何なるものか、僅かながら実感できてきた。

 宗教と学問の違いは信仰と理解の差であるとどこかで聞いたことがある。

 確かに式神とか信仰的要素はあるが、少なくとも習った身固めに関してはとても理論的な物だと思う。


 打撃の威力を増やそうとするなら、むしろ脱力こそが肝心などと言われても、格闘技素人の俺には全く意味が分からなかったが、事実言われたとおり身体の動きを変えるだけで俺の打撃は早く、鋭く、そして重くなっていった。


 そして成長と比例して、桑野さんが如何に人並み外れた格闘技術を持っているのかも実感した。

 というか化物だ。

 多分この人、素手で簡単に人を殺せると思う。


 基本人外の相手を想定しているので、身固めの真髄は技の破壊力。脳筋だ。

 相手が何者であれ、打破する。


 鬼とか河童とか妖怪には人型が多いとされているらしく、一応投げ技なんかもあるらしいが、基本は急所を殴って壊す。


 因みに訓練の合間の座学的な話の中で、鬼や河童戦で桑野さんが何をやっていたのか詳細な話も聞くことになった。


 例えば鬼相手には脚を払っているようにしか俺には見えなかったが、実際にはスネを踵で蹴り上げた後、さらにアキレス腱を踏み抜いていたらしい。

 そりゃ鬼さんも山から転げ落ちるわ。


「初戦だったから身体が萎縮していたので、力が充分に伝わらなかったのよね。

 未熟だったなぁ。本来なら脚を潰せていたはずなのに」


 とは本人の言だ。

 当然脚を狙ったのは、猪の牙が刺さっていたため動きが遅くて狙い易かったから。

 相手のウィークポイントをしっかり突いていたあたり容赦がない。


 気を取り直した河童戦は完全に本領発揮。

 本人曰く、河童の上半身の骨に無事なところはなかった筈だという。


 丸太に亀裂をいれる攻撃をあんな何回もぶち込んだのだ。

 骨が折れるどころか、生きている方がおかしい。

 妖怪って凄いね。やっと実感した気がする。


 関心ばかりしてもいられないのが辛いところだ。

 明日はその身固めを習得したであろう陰陽師との対決なのだから。

 いや、マジか……


 逃げ出したいが、一方で覚えた戦闘技術を使った実戦訓練を、一応死の危険がない……ホントか? 少なくとも相手が殺さないように気を使ってくれる筈の場所で経験できるというのは、今度のダンジョン攻略を考えても有益な機会だとも思う。


 ラバースーツの防御能力に期待して、挑んでみようと思う。

 つーても手と顔はむき出しだなんだけど。


 あ、因みに術対決は種目が三つだ。

 一つ目は的を用意し、どっちが先に壊せるか。

 武器の使用が認められている。

 参加は代表者一名。

 桑野さんが参加する。


 二つ目は霊力の勝負。

 互いに術。つまり呪符をぶつけ合うという謎の勝負らしい。

 まあ、これも俺の出る幕はない。

 やっぱり代表者一名による対決らしいので、桑野さんが参加する。

 

 そして最後の種目が直接対決。

 二対二の殴り合い。武器はなし。正し、呪符はOK。

 ここが俺の出番だ。


 因みに殴り合いと言っているが、一人一つだけ呪法具を持ち込んで良いらしい。

 ただし、刃物に類するものと銃火器の類いはNG。

 当然だよね。そんなもん持ち込んだら死人はNGとはなんなのかという話になる。


 一応俺の特性を活かした戦い方を桑野さんが考えてくれた。

 すっげー怖いけど。ちょっと……ほんの微生物並に楽しみだと思う自分がいる。

 図太くなったあ、俺。


 勝てばバイト代も弾んでくれるというし、頑張るとしよう。


「それじゃあ、今日は明日に備えてしっかり休んで」

「了解」


 明日が本番と言うことで、疲れない程度に今までのおさらいを軽くしただけで、今日はお開きだ。

 緊張で寝付けなかろうと、早めにベッドに潜り込んだ。




 そして何とか寝不足にもならずに迎えた当日。


「おはようございます」

「お……はようございます」


 桑野さんの気迫に押されつつも挨拶を返す。

 桑野さんの格好は俺のイメージしているザ・陰陽師なのだが、後ろに背負っていた荷物から見えている木刀のせいか、あまりに気合の入った表情のせいか、どちらかというと戦前の侍を連想してしまう。


「では」


 言葉少なに車に乗る桑野さんを追うように運転席に乗り込む。

 向かうは埼玉県にある市営の広い体育館だ。

 今日のために一日貸し切ったらしい。


 因みに術比べにおいて場所の手配は術比べを申し込んだ側が行うが、費用は術比べに負けた方が負担することになるらしい。

 術比べは前提というか建前が術の教え合い。

 だから敗者側の方が勝者側より学んだことは多いでしょうと、まあ授業代みたいな感じらしい。

 貸し出し費用は二十万円を超えるそうで。


 仮に負けたら手痛い出費を喰らう上、客まで持っていかれかねないとなれば、そら気合も入りますわな。

 ていうか、ここで敗北するのは流石に同情に堪えないと思う。


「桑野さん。今日は絶対勝とう」

「勿論っ!」


 自分で前日まで想定していたより遙かに前向きな気持ちで、俺は車のアクセルを踏んだ。

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