第34話 美果多の依頼

 草の手入れもされていない壁に囲まれただけの土地。

 所々ヘコんだ丸太が地面に突立てられていたり、上の部分が大きく削れた岩があったりとただの空き地と呼ぶには不自然な場所だ。


「大事なのは脱力です。

 腕力で殴るのではありません。

 脚力、体重が拳が乗った瞬間に拳を当てる。

 そのイメージを大事にして下さい」

「こう?」

「そう。フォームは合ってます。

 ですが大事なのはフォームではなく術理です。

 今の動きの中で脚の力が身体を前に押し込んでいるのは解りますね?」


 桑野家に到着した後、いつもの車で俺達は桑野家が所有するこの空き地っぽい何処かへと向かった。

 ここで桑野家は護身の格闘術、身固めを訓練し、習得するのだそうだ。


 さっき言ったヘコんだ丸太は身固めの訓練で殴ったり蹴ったりした事によるもので、岩が削れているのも木刀を振り下ろして岩を叩き続けた結果らしい。


 陰陽師が俺のイメージからどんどんかけ離れていくが、桑野さんの説明を聞くとなんとなく理解できた部分もある。


 妖魔と戦う陰陽師。

 漫画や映画みたいに呪文を唱えている間相手が待ってくれるわけがない。

 よって爪や牙を突立てようと飛び掛かってくる妖怪を捌き、弱らせる体術はむしろ陰陽師の基礎なんだとか。


 その技術は代を重ねる毎に近代の格闘術も取り入れアップデートされていった。


 俺にとっては胡散臭いだけの陰陽術も、本人達からすれば論理的な術理。

 有効だと思えばあらゆる物を取り入れ、使える者は使う。


 だから火が有効な相手なら火炎放射器だって使う。

 美果多さんの目線で言えば極端な話、仮に妖怪が害獣認定されて陰陽師に猟銃所持許可が出れば、猟師だって立派な陰陽師と言うことらしい。


 そう言ったら嫌な顔をされたけど。

 どうやら昨今の陰陽師にとって猟友会はある意味でライバル的存在みたいで。


 話が逸れたが、故に陰陽師というのはバリバリの体育会系ということだ。

 暴れる相手は殴り飛ばして衰弱させてから祓えば良いのよと。うん、物騒。


 そしてなんで俺がその身固めを桑野さんに教えられているのか。

 とち狂って陰陽師になろう思ったわけでは決してない。


 まず、桑野さんが俺を呼んだ理由。


「来月陰陽師の術比べ……決闘があるんです。

 クルイさん。桑野家側の人間として参加して貰えませんか?」


 うん、ゴメン。意味解んないよね。

 俺も解らず、暫く固まった。


 どうやら陰陽師の家同士では互いの術を比べ合う行事というのがあるらしい。

 本来御国を守る為の陰陽師。

 自家の権力の為などを理由に術を秘匿する家も結構あったらしい。

 それを朝廷なのかな? 昔の日本政府はよしとしなかった。


 表向きの理由は互いの術を比べ合い、足りない物を吸収し、全ての陰陽師が退魔の力を不足なく所持することだったそうだが、まあ一つの家に力が集まるのを防いだということみたいね。


 とにかく政府は術比べを挑まれたら逃げるべからずと各陰陽家に通達。

 それが今も不文律として残っているらしい。


「おそらく相手が狙っているのは私の名声でしょう」


 名声というほどのもんか疑問は残るが、釜出家なる陰陽師が早い話、この術比べの不文律を利用して桑野さんに喧嘩を売って来たらしい。 

 おそらく桑野さんに勝って釜出家もまた陰陽師としての仕事を取り戻そうとしているのではないかと。

 そう思いながらも、不文律により術比べを断れない桑野さん。

 

 しかも相手は家同士の術比べということで団体戦を申し出てきたらしい。

 幾つかある種目の中に直接対決があり、これを二対二の団体戦としたいと言ってきたらしい。

 なんで受け入れたよ? 意味が分からない。


 さて桑野家だが父親は未だ腰が痛くて動くのも辛い感じ。

 母親はそもそも陰陽師ではないらしい。

 まともに……まともとは? ゲフンゲフン。

 陰陽師として機能しているのは桑野さんくらい。

 

 そこで桑野さんは考え、そして閃いちゃったらしい。

 陰陽師っぽい術者がいるなと。

 俺、陰陽師っぽいの? なんか心外だ。


 怨霊を使役するのも陰陽師の術道。

 身体の中で怨霊を使役する俺は立派なニュータイプの陰陽師なんだとか。


 なんのこっちゃと思ったが、俺がそう思いながらもこの依頼を受けたのは二つの理由がある。

 その一。無料で体術を習える。

 例えばあの美果多さんが使っていた九字ナンチャラを今の俺の身体能力で使えば、結構な威力になるんじゃないかと。

 いや、格ゲーのキャラになる気はないんだが。

 猪を網を使わず倒すヒントがあるかもしれない。


 その二。術比べで人が死ぬことはないらしい。

 一応互いの家を高め合うというのが大義名分なこの術比べ。

 殺害は勿論、再起できないような怪我をさせてしまった場合、怪我をさせた家の敗北になるんだとか。

 勿論殴られたら痛いだろうが、俺には金剛力(アイテム)がある。

 だったら何とかなるんじゃないかなーとか楽観的な考えが頭を過ぎったからだ。


 ただコレに関しては少し後悔している節もある。


「もう一度やって見せます。

 よく見ていて下さい。

 ぜいあっ!」


 乾いた丸太に桑野さん拳を突立てる。

 丸太の表面が爆砕したように散らばり、縦に亀裂が入った。


「やっぱり古くなると的が耐えてくれませんね。

 丸太も易くはないんですが……クルイさん、解りましたか?」


 このくらいの打撃の押収はデフォらしい。

 命の危機を感じる。

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