第30話 猪討伐

 河童でキャンプファイヤーした後の事について少し話したいと思う。

 桑野さんがまた動画をアップし、動画からの収益と増えた依頼でウハウハしているのは思い出すと腹立つから置いておいて。


 芯二さんが亡くなって仇も討たれたと知った八須賀さん。心に思う所はあれど恨みと憎しみの宛所はなくなったのだろう。

 それは指江さんも同じ。


 芯二さんのお葬式も終え、互いに芯二さんを吹っ切り、互いの心の距離が近づいたらしい。

 時折男と女の顔で互いを見つめ合う二人が織りなす空気。

 不思議とラーメンの味が甘くなった気がする。


 砂糖を吐きそうな口を押さえながらバイトに勤しむ日々。

 お得意さんも戻ってきて店は軌道に乗り始めた。


 芯二さんの意思を継ぎ、八須賀さんも店を継ぐ気満々だ。

 これからは本格的に俺が店長としてやっていく! という気合を一切隠さず振りまいている。


 そうなると俺の居場所がなくなってくる。

 というのも現状の週四勤務だって勤務日としては少ないのに、もうすぐ春休みが終わるからだ。


 大学四年になれば研究室で卒論の為に研究の日々。

 まとまった休みを取ろうと思えば取れるのだが、一年中ずっとと言うわけにはいかないし、本来休暇は可能な限りダンジョン攻略に使いたいと思っている俺。


 客が増え、新たな求人に募集する多くの人達。

 彼等に席を譲るのは当然だったというか。


 教習所以来の知り合い八須賀さん。人情のある人だ。

 だから、時間の合うときだけでもと八須賀さんは言ってくれた。

 だが俺だって薄情かもしれないが非情な人間ではない。

 知り合いだからこそ、迷惑になると解っているのに金のためだけに在籍するのが居たたまれなかった。


 そんな訳で三月末。

 俺はバイトを辞めた。


 明日から大学が俣始まる春休み最後の日。

 バイト代と引き替えに手に入れた二枚の投網。


 肝心のものは手に入った。

 それでよし……としよう、うん。




 さて、気を取り直して。

 春休み最後の日。

 俺はダンジョンへとやってきた。


 ネズミを誘き寄せて瞬殺し、現れたゴブリンを新たに用意した網で絡めて、槍で即仕留める。

 自分の成長に惚れ惚れする。


 レベルが上がれば今までの強敵も雑魚。RPGじゃあるあるだし、現実でもレベルが存在するダンジョンなら言わずもがな。


 そして輝かしい未来を目指す俺に過去ざこを振り返っている暇はない。


 さあ、行こう。栄光に繋がる新たなステージへ。

 狙うはジャイアントキリング。

 待ってろよ、うり坊。かっさばいて牡丹鍋にしてやる。鍋も白味噌も持って来てないけどな。

 

 作戦は決まっている。


 木に網を縛って猪を捕え、槍でひたすらチクチク作戦。

 桑野さんを見習い防獣ネットで補強した投網は、先ほどゴブリン戦でその有効性は実証済みだ。

 問題は、


「木まで行けるかどうか……」


 俺が前回見た記憶では、枝の先端に若干葉が生えている程度の木があった。

 丈夫そうな太い木で高さ的にも登れてそう。

 葉がないから安全の確認もしやすい。

 いざ登ってみたら巨大な虫の巣があったとかデストラップも良いところだ。

 

 その木までの距離は目測で約五百メートル。

 その間に猪に突撃されたら終わりだ。


「いや、大丈夫。自分の作戦を信じろ」


 重さを捨てるため今日は金属バットも草焼きバーナーも持って来ていない。

 武器と呼べるのは槍と短刀だけだ。


 スピードがこの作戦の勝負。


 走りやすいよう槍を分解してバッグに入れて、意を決して岩壁の扉を開く。

 記憶した木を視界に捉える。大丈夫。記憶通りだ。

 猪までの距離は木までの距離の半分くらい。ザックリ三百メートル。

 木が俺のほぼ右斜め前方。対して猪の一は左斜め前方。


 前回同様、扉を開いた途端に猪は俺の存在に気が付き、土を足でかき始めた。

 自分に纏わり付くゴブリン三体を無視して突っ込んで来る気だ。


 手元に発煙筒を用意。

 猪が駆け出すと思った瞬間に発煙筒を着火し、猪に向かって投げる。


 発煙筒は俺と猪の間に落下、煙を吹き出した。


「ブヒイィイイン!?」


 走り出した直後ズザザァーッとブレーキを賭ける猪。

 その間もひたすら走りながら木を目指して走る。

 

 俺の手には発煙筒がまだ二本。

 視界を塞ぐ煙に暫く戸惑ったように頭を左右させ、俺を視界に収めた猪は再度突進をしようと地面をかく。


 そして走り出した瞬間を狙い、再度発煙筒を投擲。

 猪はまたも足を止める。


 そう、足止めさえ出来ればいい。

 あの木に向かってひたすら走る。


 約三分の二を走ったところで、今度は猪を見る事もなく、着火した発煙筒を後方に放るように投げる。


「ぐッ……あああああ!」


 全力ダッシュの為に止めてた息が限界に達し、それでも速度を緩めず前に進めと大声を上げながら足をひたすら前に前に。


「っらあ!」


 木の枝をダッシュの勢いそのままに掴み、身体を腕の力で引き上げる。


「はぁ、はぁ、はぁ……っしゃあ。っしゃあ!

 来いや、うり坊!」


 命がけのダッシュで辿り着いた安全地帯。

 登った木から猪までの距離はざっくり五十メートルか。

 集っていた三体中二体は、振り落とされたのか轢き潰されたのか既にいない。

 猪の牙にでも引っかかったか、一体が猪の顔の前で藻掻いている。


 猪はゴブリンなど既に眼中にないらしい。

 新たな敵である俺を完全にロックオン。

 ど突いて落としてやろうとでも言うのか、足でまたもや土をかき始めた。

 あの巨体で突撃されたら、確かにその震動で落とされてしまうかもしれない。


 枝を足でギュッと抱えながら、急いで枝に投網の手綱を縛り付ける。


「ブヒイイイイ!!」

「ギゲェッ!」


 ドスンッと衝撃が尻から頭まで響く。

 こんなの何度もやられたらオケツが更に割れてしまう。


 猪の前方で藻掻いていたゴブリンの青色の液体がこっちにまで飛んできた。

 今ドサドサッと音を立て、猪から落ちたであろうゴブリンを見る気にはなれない。

 形容しがたい何かかが弾け飛ぶような、生物が決して身体から出しちゃいけない音がした。遺体は潰れたじゃすまない惨状だと思う。


 仮にここから落ちようものなら次の我が身だ。

 というか登っているこの木が保つのかも心配な位の衝撃だ。


「ブヒイ! ブヒイイ! ブヒイイイン!」


 何度も走る衝撃に足で耐えつつ、何とか手綱を縛ることに成功。

 木は無事だ。流石ダンジョンの木。

 竜を斬り裂く剣でも切れない。それがフィールドオブジェクトのお約束だ。


「おら! 大人しくしてろ!」


 網を投げつけ猪を捕える。


「ブヒイィイ!?」


 網の感触が気持ち悪いのか身体を降ったりするおかげで、編み目が猪の角と牙を絡め取る。


「もう一発!」


 油断はしない。

 もう一つの投網も投げる。


 ナイロン製の網だ。しかもホームセンターの太い網で補強してある。

 刃物を持たぬ猪じゃ、幾ら身体がデカかろうがどうにもなるまい。


 足掻く猪とは逆方向にジャンプしてダッシュ。


 猪も木を迂回して追いかけてきたが、俺を突き上げる前に網で動きを止める。

 正し、網がブチブチッと何本か切れた音がしたが。


「……ナイロンを引きちぎるかよ」


 時間を与えると本当に網から出て来てしまいそうだ。


「そうなる前にトドメを刺さなきゃな」


 槍を急いで組み立て、まだ藻掻く猪に突立てる。


「プギイイィイ!」


 頭を狙ってひたすら刺してやれば、流石に猪も嫌がる。

 そして体勢を変えようとしたのか、猪は網に足を取られズデンと横に倒れた。


 チャンスだ。

 頭は固く、トドメになり得なかったが身体ならどうだ?


「っらあああ!」


 見せた腹に槍を突立てグイグイと押し込む。


「プギイイィイィイ!」


 暴れる猪。力じゃ勝てない。

 そう判断し、槍の石突きを地面に押しつける。


 猪は立とうとするが、その力で槍が地面に埋まっていき、その槍がつっかえ棒になって猪は立てなくなっている。


 槍は刃先が短くトドメにならなかったが、俺にはもう一つ武器が残っている。


「おおおおっ!」


 気合の声を張り上げ、短刀を逆手に心臓目がけて振り下ろす。


「ピギイ! ピギイィィィイイ!」

 

 足掻く猪を押さえ込み、短刀をひねねじって体重と共に押し込む。


「ブモォオオオ、ブモオオオオ」


 猪から発せられる声の調子が変わっていく。

 俺に対する敵意からのものでも、痛みにのたうつものでもない。

 自分に襲いかかる死を知り、諦めた悲しい声へと。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 気が付けば猪はもう声を止めていた。

 聞こえてくるのは自分の荒い息のみ。

 そのことに気が付き、短刀を引き抜く。

 間もなく大地から湧き出すように現われた黒いスライムに猪の遺体は覆われた。

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