第22話 吉良歩善 ~新人探偵の苦悩~
<天津探偵事務所>
「被害者がいないわけないでしょう!
彼等がいつNE-WSから出たっていうの!?
……
はあ!?」
事務所に響き渡る女性の怒声に少しビクつきながら、
天津探偵事務所の所員としてまだ新人である吉良。
先日最初の単独業務として割り当てられた、脱走した犬の捜索業務を終えたばかりだ。
報告書を提出して受領印が押されまでが仕事だ。次の仕事に取りかかるためにも早く報告書を提出しなければならないのだが、
「だったら彼等の写真ぐらい出せるでしょう!
……
機密事項!?
なんで人の安否が機密になんのよ!」
電話中の女性は周りを見る余裕がないのかますますヒートアップしている。
彼女の怒声があまりに大きく、吉良の集中力を阻害する。
「はぁ……」
あの声が収まるまで仕事が進みそうにない。
無理してモタモタ仕事を進めるより怒声が止んだら一気に片付けてしまおう。
だったら今は少し休憩でもとろうと、吉良は気分をリフレッシュさせる為、給湯室へと足を運んだ。
「吉良さん、お疲れ様です」
「あ、
気付けのブラックコーヒーを注いでいると、後ろから声をかけてきたのは吉良の上司である荷握。吉良の所属する天津事務所の調査部部長だ。
従来の会社であれば部長という肩書きだけで社員は緊張し縮こまってしまいそうなものだが、荷握の柔らかい物腰故か、事務所の所員は皆荷握に話し掛けられてもリラックスした態度を崩さない。
吉良も特に態度を改めることなく挨拶を交わしながらコーヒーを注ぎ、荷握へと順番を回す。
「しかし、
「ええ」
荷握に話しかけられ、事務所に戻ろうと歩き始めていた足を止める。
荷握の表情に苦笑が浮かんでいるのを見て取り、吉良もまた苦笑を浮かべた。
「まあ無理もないんですが……」
「六年前の件ですよね?」
「ええ。ご存じでしたか?」
「隕石が落ちたときに事務所の先輩から多少は聞いています」
「ああ……なるほど」
六年前、NEーWSで起きた事件。
世界初のフルダイブゲームがN-TOLという企業によって開発され、設置された人工海上都市。それがNE-WSだった。
しかしそのフルダイブゲームでとある事件が起きた。
当時その事件に立ち会ったのが先ほど怒声を上げていた女性、近江
一部のN-TOLの人間によって作為的に起こされた事件。
それは人から精神を乖離させ、抜け殻となった肉体に新しい人格を書き換えるという恐るべきものだった。
何百という人間が巻き込まれたというが、大半の人間はとある民間人と近江の活躍によって救出されたという。
しかし一部の人間は救出を拒み、そして廃人のようになって今もNE-WSの地下に眠っていると噂されている。
そのNE-WSに隕石が落ちたのだ。
本当にNE-WSの地下に眠っていたのなら間違いなく犠牲が出ていた筈だ。
だが、政府の発表では人的犠牲はなし。
近江はこの発表に怒り狂った。
「近江さんの気持ちは分かりますが、被害を隠しても政府に得があるんですかね? 本当にもうあの場所にいた人達は移動させていたとか、そういうことなんじゃ……」
「可能性はありますが、どうですかね? あの件に関してはあらゆる機関が複雑な事情を抱えていますから……」
どちらかというと近江に対する愚痴のような気分で出た言葉なのだが、荷握は慎重に考える素振りを見せた。
吉良からすればその件に直接の関わりはない。
(余計な事を言ったかも?)
さっさと報告書を書き上げ、今日は上がりたいと思っていたところだ。ここで時間を潰すのも勿体ない。
適当に相槌を打って、そろそろ事務所に戻ろう。そう思って声を発する前に荷握が吉良をじっと見据えてこう言った。
「吉良さん。そういえば犬探しの仕事は終わりましたか?」
「え? あ、はい。これから報告書を書こうと」
「そうですか。それはよかった。では早速ですが次の仕事をお願いできますか?」
「え、ええ……」
上司からの仕事のお願いは実質命令だ。
断るという選択はない。
「今から三つの動画のアドレスを送ります。
吉良さん。あなたに頼みたいのは先の二つに関して動画に映る人物の調査です」
「はあ……承りました」
………………
事務所に戻ったときひとまず近江の怒声は止んでいた。
ほっと息を吐いて報告書を書き上げ、荷握から送られたメールのアドレスから動画を確認する。
「なんじゃこりゃ……」
荷握から送られた動画の題名は
【山登ったら妖怪と戦う本物の陰陽師を見つけたから隠し撮りした】
【朗報:宝地老人ケアセンターで噂の怪物。陰陽師によって討伐される】
【自衛隊が封鎖しているNE-WSを超望遠で盗撮したら化物が暴れていたんだが】
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