3章 ~ラーメン屋~

第23話 八須賀三雄 ~行方不明の兄~

<Stranger’s Record>


 とうとう見つけた。

 故郷を離れ、流れ流れた旅路の果て。

 我々は漸く我らの欲するものを見つけた。


 何度諦めかけたことか。

 挫折、諦観、断念、絶望。

 様々な負の感情に心を侵されるのも、もう終わりだ。


 さあ、始めよう。

 我々の大義のために。


 船より降り立ち、我々はそれを確保した。


 こうして見ると不思議なものだ。

 遠き世界の果てに、このような者達がいるとは。


 我々と同じ知性ある生物。

 彼等は自らのことを“ヒト”と呼んだ。




◇◆◇◆◇


 父親の八須賀兵一へいいちが創業した小さなラーメン屋。

 “北内きたないラーメン”。

 小さいながらも地元の客に愛され、評判も悪くはなかった。


 兵一が他界した後は兄である芯二しんじが店を継いだ。


 しばらくは三雄も従業員として働いていた。

 父亡き後も、父の残した店を守り、食べに来てくれるお客さん達に喜んで貰う為。

 兄と二人三脚。

 その二人の足を結ぶ紐がほどけたのは芯二が結婚してからだろう。

 

 北内ラーメンは一階がラーメン屋、二階が住宅という小さな店ならよくある店舗併用住宅だ。

 その住宅に芯二が結婚したことで芯二の妻、指江さしえが住むようになった。


 兄夫婦との関係は良好だった。

 指江は三雄のことを尊重し、弁えた。

 別に邪険にされたことはない。


 だが、どこかで肩身の狭い気持ちはあった。

 そしてある日、二人が子供を作る相談をしてるのが聞こえたとき、三雄は出て行くことを決意した。


 兄夫婦は三雄を止めた。

 だが、三雄の気持ちはもう既に北内ラーメンから離れていた。


 北内ラーメンからは離れていても父の残したラーメン屋を害する気にはなれなかった。自分の人に誇れる特技と言えば、子供の頃から手伝っていたラーメン作りくらいのもの。


 だが、だからといって他のラーメン屋に就職し、仮に北内ラーメンのレシピを求められたら?

 そう考えると他のラーメン屋で働く気にはなれなかった。


 アルバイトで食いつなぎながら新しい職に就くために、三雄は資格の取得に精を出した。

 ついこの間もフォークリフトの資格を取得したばかりだ。


 資格を持っていれば就ける仕事の幅も広がる。

 また自分に向いている仕事が何なのかも、取得の過程で体感することができる。


 年齢のおかげで社員として採用されるのは難しく、今もまだ定職には就けていないが、諦めるつもりもない。

 三雄はどこかで楽しんでいたのかもしれない。

 生まれたときから我知らず将来が決まっていた。

 大人になっても当たり前の様に家で働いていた。

 この歳になって、三雄は初めて自分の人生を自分で決めているのだ。


 応募した面接に落ちて、落ち込みながらも気持ちを切り替え、次の就職先を探す。

 そんな日々を過ごしていたある日。三雄の電話が鳴った。

 指江からだった。


「芯二さんが……戻ってこないんです……」




 芯二が家を出て行ったのは二週間程前。

 芯二は仕事が休みの日に気分転換の為、ふらっと出かけることがよくあった。

 カメラを片手に自然に足を踏み入れ、気に入った風景を写真に収める。


 だからその日指江はいつものことだと芯二を見送った。

 空が暗くなる頃には帰ってくるだろうと。


 だが芯二は帰ってこなかった。


 指江は警察に捜索願を出し、店を閉め芯二を待とうと思った。

 しかし、そうも言ってられない事情があった。


 近くに新しいラーメン屋“麺屋野火照のびてる”がオープンしたからだ。


 芯二が帰ってくると信じている。

 それまで店を守らなければならない。


 だがこのまま芯二が帰ってこなければ、お得意様は新しいラーメン屋に取られ、店の継続が難しくなるかもしれない。


「私がこんな事をお願い出来る立場ではないことは重々承知です。

 戻って来て頂けませんか」


 芯二が戻るまで。それを条件に三雄は家に戻ることを決意した。




 北内ラーメンに戻り、三雄は早速開店に向けて動き出した。

 店を閉じた為、従業員もアルバイトも既に離れていた。


 三雄と指江の二人だけで店を切り盛りすることはできない。

 まずは人手の確保が必要だ。

 三雄はアルバイトを募集した。





<あとがき>


以降1話/2〜3日更新となります。

今後ともよろしくお願いします。

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