第21話 アルバイトの終わり

 グルグルと頭の中で色んな考えが入り交じって混乱している。

 現実に目を向ければ桑野さんが四散したスライムを焼いて処理している。

 帰るまでには時間がある。今のうちに頭の中を整理しておきたい。


 まず陰陽師が真顔で火炎放射している件。

 凄く納得いかない。納得いかないがどうでもいい。

 次。


 ファイヤーボールが効かなかった件。

 桑野さんのいうところの水克火というやつかな? 知らんけど。

 ファイヤーボールがマジでゴミスキルな現実を叩き付けられた気分だが、まあそれだけだ。気持ちを落ち着けろ、俺。それだけの話だ。

 何もネガティブな情報ばかりじゃない。

 俺は忍びのブーツと草焼きバーナーを持っている。つまりダンジョンでスライムに対抗出来るという事だ。

 ファイヤーボールは残念だが、他のスキルを手に入れれば良いだけのことだ。

 

 あと、あんまり関心ないんだけど気にしなきゃいけなそうなこととして、なんでスライムがここにいるのか? ということか。

 俺の知っているダンジョンの入り口から出て来た?

 距離が遠すぎるよな。この辺りにも入り口があるとか?

 探すべきかな? 面倒くさいな。

 面倒臭いが今あのダンジョンを他の人に知られたくはないんだよな……

 探すにしても俺にはその探索能力がない。


 探す方法については実は一つ心辺りがある。


「ふう……片付きましたよ。クルイさん」


 コイツだ。


「どうかしました?」


 可愛らしくコテンと首を傾げる桑野さん。こうして見れば外見は可愛いに分類されそうな子なんだけど、中身がな……


「クルイさん?」

「あ、いえ……このスラ、じゃなくて水子はどこから来たのかと思いまして」


 じっと顔を見つけてしまったことをごまかすついでに言うことにした。

 入り口を放置し、近々誰かが見つければ俺の野望はパーだ。

 それよりは桑野さんに見つけて貰ってどうにかして壊しちゃった方が賢いと思う。


「といいますと?」

「さっきの……妖怪? 怨霊?」

「実体があったんですから妖怪と呼ぶべきでしょう」

「そっすか。

 その妖怪はどうやって生まれたのかと」

「あの黒く見えた者が思念で、その思念……つまり怨霊が水気を纏ったってことでしょうね」


 何かに何者かの意思が宿り妖怪となる。それが陰陽師見解だったな。

 桑野さんの中でヤツが何者かは決着してるのか。

 それじゃ困るんだよな……えーっと、なんて言おう?


「思念が水気を纏ったっていうのはアレですよね?

 水子が川に浸されて死んだ赤子の霊だからってやつ。死んだ場所が川だから霊が水を纏っていると」

「そうですよ」

「ってことは死んだ赤子が複数の場合、水子も沢山いないとおかしくないかな? って……」

「んー……確かにそう言われると……一応調査した方が良いかも知れませんね。ちょっと待って下さい」


 そう言ながら桑野さんがスライムが出て来た草藪をガサゴソし始めた。


「……こっちですね」 


 ……よし。

 まだ桑野さんとの仕事は二回目だが、少なくとも探索能力に関してはかなり信頼が置ける。


 歩き始めた桑野さんの後ろをついて行く。

 問題はダンジョンの入り口を見つけたときだ。


 ダンジョンの入り口はあの赤い宝石を押すことで開く。

 壊そうと試したことがないからどれ位あの装置が固いかは解らないが、最悪赤い宝石を瞬間接着剤で固めてしまえば入り口は開かなくなる。


 今は接着剤を持ってないが、もし入り口を見つけたら買いに行ってすぐに固めてしまおう。


「ところでクルイさん……」

「はい?」

「本当に心辺りはないんですね?」

「ええ」


 靴から聞こえている音は身体を伝って俺には大きく聞こえていたが、桑野さんには聞こえていなかったらしい。

 さっき火炎放射器を持って詰め寄る桑野さんに冷や汗をかきながら、ファイヤーボールと同じようにいつの間にか使えるようになったと言って誤魔化した。


「水蜘蛛まで喰らうとは……おそらくクルイさんはよっぽど怨霊を引きつけやすい霊気を持っているのでしょうね」


 水蜘蛛というのは妖怪の一種だ。

 妖怪は何かに何者かの意思が宿った存在。だがその意思を喰らうほどにその何かの霊気が強ければ、何かは意思を喰らい、服従させ、その力を得ることができる。

 それが陰陽師のルール。あくまで陰陽師内のルールだ。


 桑野さんは俺の水弾きキックをその観点から水蜘蛛の力と断定したらしい。

 まあ、水の上に立てる靴なんてものが在ると想像するのは難しいだろう。

 ちょっと変わったデザインのブーツを見たからといって、ダンジョンアイテムを想像はできまい。


「いつか大きな災いが降りかかるかもしれません。

 一度ちゃんと霊気の制御を学んだ方がいいかもしれませんよ?」

「はは……機会があれば」

「桑野家はそう言った肩にも門を開いています。

 おご入り用の時には是非ウチに連絡して下さい。お安くしておきますよ」

「そうですね……困ったときは」


 桑野さんの営業トークを躱しながら辿り着いた先。


「これは……ご神体?」


 俺と桑野さんが見上げる場所には、周囲を古びた紙垂しでがまだ残るしめ縄で囲まれたデカい岩。

 その岩からパラパラっと石くずが落ちる。


 落ちた場所を目で追うと、岩の上の方が割れ、その割れた場所にやっぱりあった赤い宝石。

 だが……色が違う? しかも小さい。


 秘密基地の暗がりでも鮮やかな赤を認識できる、俺の知っている秘密基地の装置に比べてどす黒く、輝きをなくしたような……さらに秘密基地の宝石は手の平からはみ出る程の大きさなのに、ここにあるのは親指ほどのサイズしかない。

 いや、そんなことはどうでもいい。


 壊すか、回収するか、とにかく他人が使えないようにしなければ。


「アレはなんでしょうか? ……よっと」


 桑野さんが空気を読まずに岩を駆け上る。

 って、運動神経めっちゃいいな。


「桑野さん!?」

「んー……ただのオブジェ? なんでこんなところに?」


 桑野さんが円盤をいじり始めたので慌てて声をかける。

 こんなところでダンジョンの入り口を開かれたら色んな意味で堪らない。


「っていうかご神体に登ったりして良いんですか?」

「……」


 気まずそうにして降りてきた桑野さんにホッとする。


「んー、アレがなんなのかはともかく、ここから水子が来たのは間違いなさそうなんですが」

「そうですか……で、どうします?」

「水子を生み出した意思は、このご神体より生まれたということでしょう。

 お祓いをしておきましょうか。クルイさん。カメラを」

「……」



 その日の夜、桑野さんと別れて再度引き返し、ご身体の上の赤い宝石を押してみた。

 

「……壊れてる?」


 押してみたがなんの反応もない事を確認した。

 電池の切れかけたリモコンみたいなものかもしれない。

 十回に一回位何故か反応するやつ。


 念のため一応宝石には接着剤を垂らしまくった。

 持って帰るのがベストだったんだが、岩に完全に同化していて取り出せなかった。




 数日後、介護センターにはやっぱり桑野さんが編集しまくった動画と共に解決の報告がなされ、院長はほっと胸をなで下ろしたそうだ。


 色々ヒヤヒヤしたが全てが丸く収まった。


 宝地老人ケアセンターは動画で話題の陰陽師が化物退治を引き受け、片付けてくれたことを桑野さんから受け取った動画を流すことでアピール。

 その動画が話題となったのか、入居者と介護士の就職希望が少しずつ増えてきているそうで。


 これならバイト先が潰れる心配もなさそうだ。

 あとはここでダンジョン探索資金をしっかり稼いでいこう。




 そう思いながら頑張って労働に汗を流していたある日。


「クルイさん。今までお疲れ様でした」


 俺はバイトをクビになった。


 ……そうだよね。本職が戻って人手不足が解消されたってのに、週四日の条件付きバイトとか雇ってられないよね……

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