第20話 化物はアレ
女の子とのお出かけ。
普通こう……もっとドキドキするものではなかろうか。
無理もないけども。
妖怪退治と書いてデートと読むのは、強敵と書いて友と読むより難しい。
桑野さんの家に呼ばれた翌週の水曜日。
心折れて予定が空いている水曜日ならと桑野さんと約束した日。
……気が乗らない。
「お待たせしました」
俺の心情など構わず桑野さんが笑顔で家から出て来た。
「じゃあこれ」
自然と俺に笑顔でビデオカメラを渡す桑野さん。
その笑顔にファイヤーボールを投げつけてやりたい。
桑野さんは登山にでも行くのかと思う位、デカい荷物を背負っている。
勿論持ってあげようなんて思わない。
「ふふ。前回の反省を踏まえて今回は色々用意してきたんですよ」
リュックから飛び出て存在を主張している木刀を見れば反省点は解る。
陰陽師の反省点が武装強化でいいのかどうかは多分に疑問だが。
「水生木。備えは完璧です。では行きましょう」
何をもって完璧かはよく解らない。
いつも愛車で走る道。今日は桑野家の車を走らせる。
運転は俺。納得はしている。お給料が貰えるから。
介護センターに車を止めて降りると、早速桑野さんが歩き出す。
「下調べは終わっています。こっちですね」
そういって迷うことなく裏山へ向かって歩き始める。
こういうところは陰陽師っぽい。
占術だけは確かなのか?
いや、退魔の術も鬼に効くほどの威力がなかっただけで実は……?
まあ、外れても今日のバイト代がなくなるわけじゃない。
茂みを途中途中でゴソゴソいじりながら歩く桑野さんの後ろを追う。
なんだろう。陰陽師と言うより動物学者の後をついて行ってる気分になる。
桑野さんの後ろをついて行ってるので、桑野さんが茂みをいじっているとき、どうしても桑野さんのプリッと突きだした尻が俺の視界に入る。
なんとなく罪悪感を感じて、誤魔化すように声をかける。
「何をやってるのか解りませんが、蛇とか気をつけて下さいよ?」
「ご安心を。その辺りは子供の頃しっかり教えられましたから。
妖怪を追うコツは他の動物ではあり得ない生物の跡を探すことだって、色んな動物の痕跡を見つける訓練をさせられましたからね。
蛇位遠くからでもいるかどうかは解ります」
本当に動物学者みたいなことやってた。
占術どこいったよ?
動画編集技術に動物追跡技術……この人普通に社会に出ても結構有能なんじゃねーかな?
時々突き出る桑野さんの尻を眺めながら裏山を進むこと暫し。
目的地に着いたらしい。
「この辺りにいるはずです。
クルイさんカメラを。あと、私が合図したら鬼火を発動して下さい」
「へいへい」
大人しく従う。
今度の敵は水子。赤子の霊だという。
敵が前みたいにマッチョな鬼なら逃げだしてたかもしれないが、赤子相手だと聞いてしまうと怖さもないというか……まあ、従ってもいいじゃね? ってどこか楽観的な自分がいる。実践経験のおかげか変な度胸がついてきた気がする。
すると裏山の茂みがガサゴソと動いた。
桑野さんが警戒態勢をとったのを見て思わず身構える。
「クルイさん。撮影を」
言われた台詞に気が抜ける。
今度はどんな風な動画になるのだろう?
もし今茂みを揺らしたものが水子であるなら、茂みを揺らす実体があることになる。つまり物理で殴れるってことだよな? 怨霊とは?
急激に自分の中の緊張が薄れていく。
こちらは触れないのに相手はこちらを攻撃できるから霊って怖いのであって。
唯一の懸念も消えて気分は完全に観覧モードだ。
桑野さんが荷物から木刀を取り出して構え、茂みに向かって名乗りを上げるシーンにカメラを向ける。
「我が名は桑野美果多。由緒正しき陰陽師、桑野家に名を連ねる者。
さあ、水子よ。その姿を見せるがよい。
この世にしがみつき祟りをまき散らすも今日で終わりぞ。
大人しく祓われ、成仏しませい!」
凜々しいのは結構だが、仮に本当に赤子が出て来た場合、俺は大の大人が木刀で赤子を殴るDV動画を撮ることになるのではないだろうか?
あ、急激に帰りたくなってきた。
なんで俺はこの仕事を受けてしまったのだろう?
別の意味で心に沸き上がる恐怖。
それを払拭するように出て来たソイツは……
「……スライム?」
えーと……どういうことだ?
とても見慣れた黒い粘性液体が茂みを揺らしながら、ナメクジのように這い出て来た。
「水子よ。この
大人しく黄泉へと帰れ!」
桑野さんは木刀を振りかぶりスライムへと叩き付けた。
「くうッ!?」
スライムへと打ち下ろした木刀を取り落とす桑野さん。その顔が苦悶に歪んでいる。
そらそうだろう。
木刀はスライムを正確に捉え、ニュルンと抜けて地面を叩いた。
シンプルに手が痛そうだ。
スライムは前進し桑野さんに向かって這い続けている。
「効かぬか……ならばこれならどうだ!? 来ませい、霊鬼!」
懐から呪符を取り出し投げつける。
呪符はプスッとスライムに刺さり、身体の中に取り込まれていった。
「式神も効かぬか……だがこちらの手札はこれだけではないぞ。
クルイさん! 鬼火を!」
そういいながら桑野さんはスライムからダッシュで距離をとり、荷物をガサゴソとし始めた。
まだ何故かいるダンジョンのスライムという状況から立ち直れていなかったが、反射的にスライムへと近寄りファイヤーボールを発動する。
炎はスライムに直撃し、スライムは小規模な爆風に多少形を変えたものの、スライムは何事もないように今度は俺の方に進路を変えて進んで来た。
今までのナメクジのような速さではなく、転がるようなスピードで。
「うえぇえ!?」
足下に急速に間合いを詰めてきたスライム。
思わず「近寄るな!」という感情と共に出た俺の足。
ヴィーーーンという音が鳴る。
そう。忘れていたが俺の靴はダンジョン産の水を弾く靴だ。
そして敵は液体。
何が起きたか?
スライムはパンッと音を立てて四散した。
「え?」
桑野さんの声が聞こえる。
事態が理解できなかったのだろう。目が驚いたように見開かれている。
そしてその手には、殺虫剤とライターが握られていた。
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