第19話 怨霊の調査

 水曜日。

 他の日をバイトに当てた俺にとって水曜日は大切なレベルアップの日だ。

 その大事な水曜日に俺は何故か桑野家にいる。


 何故かと言うのも変か。

 振動し続けるスマホに敗北した俺は、桑野さんからの電話に出た。

 で、結局ここにいる。


 最初は断ろうとしたんだ。でも、


「ちょ、切ろうとしないで! 来てくれたら……来るだけでバイト代を出しますよ!

 来るだけで良いんです! こんな良い話しないですよ!? ね?」 


 この言葉にやられた。

 行くだけで金が貰えるなら、などと考えて釣られてしまった。

 くっ……金欠な自分が憎い。

 自分の非力さを嘆きながら、通された和室で座っていると桑野さんが現われた。


「お待たせしました、クルイさん」


 満面の笑顔が若干腹立つ。

 桑野さんがねつ造したあの動画は結構な再生回数があった。

 動画でしっかり名乗りを上げた桑野さん。

 陰陽師、桑野家と検索すると、いつの間に造り上げたのか桑野家のホームページが出てくる。


 動画を誰もが信じたってわけでもないんだろうけれど、何件か占術の依頼が来たらしく、懐が温かいらしい。

 富む者のドヤ顔。それがこの笑顔の正体だろう。

 いつか鬼に食い殺されてしまえばいい。


「さて、ではえっと……まずは調査した結果について話しますね」


 桑野さんのいう調査とはバイト先の介護センター、つまり侍の怨霊について。


「どうやら今度の対象は侍の怨霊と言うわけではないようです」


 ゴメン。違ったみたい。


「もうご存じのこともあるかもしれませんが、一応今回の件を要約しますね」


 そう良いながら桑野さんが取り出した一枚の写真。古びた祠が映っている。

 これからダンジョンの深部へと進むことを考えるなら、こういった知識は無駄ではないのかもしれない。ダンジョンのモンスターと妖怪に共通点があるのかどうかは不明だが。いや、そう思ってないとやってられない。

 来てしまったのだ。ひとまず今は聞くことに集中しよう。


「これは宝地老人ケアセンターが建設される前にあった祠の写真です。

 この祠の中の写真がこちらです」

「子供の……石像?」

「はい。おそらく水子を供養する為のものでしょう」

「水子というのは?」

「簡単に言えば赤ん坊のことですね」


 侍と赤ん坊。まったく繋がりが見えない俺に桑野さんの説明が始まった。


 昔この辺りにいた野盗を侍が討伐したらしい。

 侍の名は弦鳴宗志つるなりしゅうし

 桑野さんが見つけた地域図書館にある古い文献や地域の逸話を総合するに、彼はこの様な人物であるらしい。


 端的に言うと胸くそ悪い。


 問題を起こし城から逃げた弦鳴は、追手から逃れてこの地に辿り着く。

 そして見つけた野盗に困った村に、助ける代わりに礼を寄こせと詰め寄った。

 侍だった弦鳴。なんだかんだで剣術は習ったし、何より野盗とは装備が違う。

 野盗を討伐した弦鳴は、その後村に約束の礼として金と家を求めた。


 まあ、ここまでは正当な報酬と言えるのかもしれない。

 だが、この弦鳴はここからがダメだった。


 刀をちらつかせ、好き放題やったらしい。

 礼に貰った金を酒に変え、なくなったら今度は村人を恐喝し始めた。

 夜他人の家に忍び込み、女を襲った。


 流石にブチ切れた村民は、ある夜彼を皆で襲い、弦鳴はこの世を去る。

 さて、これで一件落着かと思いきや、世の中には後始末と言うものがあって。


 弦鳴の子供を孕まされた者達がいたのだ。それも複数。

 子供がいては彼女達の将来がと村の者達は話し合い、その子達を堕ろすことに決めた。


 そしてその堕ろされた子供達の礼を水子と呼ぶらしい。


 女性である桑野さんは俺よりこの話にクるものがあるんじゃないかと思ったが、全く気にしていなかった。

 妖怪について子供の頃に勉強させられていた桑野さんの感性で言うと、


「千七百年代に幕府が間引き……子供の堕胎を禁じるまで、中絶行為自体は普通に行われていたことですよ」


 ということらしい。

 現代人には理解しかねる。


 で、肝心のその水子についていうと


「医学が進んでいない当時、子供を堕ろす方法として取られていた一つの方法が、冷たい水に身体を浸すというものでした。ですので水子は妖怪として現われたとき、その身に水気を纏うと言われています」


 へー。

 よく解らんが要は水の妖怪ってことで良いのだろうか?


「五行思想において水につは土。

 ただし土は扱いが難しいのですよね」

「……といいますと?」

「例えば水。神水、聖水というようにあらゆる神事で水はよく使われます。

 火も忌火いみびなどがありますし、木もご神木といったものがありますよね」


 一部聞いたことがない単語が出て来たが、全体的にイメージは出来る。


「土って聞いたことなくないですか?」


 そう言われれば?


「祓いというのは早い話が怨霊や妖怪への攻撃なわけです。火は燃やし、水は流す。

 木は加工して殴れますし、金なんて武器の材料です。でも土で攻撃って……」

「んー……目潰しとか、投石とか?」

「相手は妖怪ですよ? いや、有効かもしれませんが」

「……で、その方法を一緒に考えろってのが今日呼ばれた理由ですか?」


 金に釣られて言われるがまま来てしまったが、肝心の要件を聞いてない。


「いえ、要は相克や相生というのは相性の話で何が何に対するかって事なんです。

 例えば火事になった家の火をスプーン一杯の水で消すことはできませんよね?」

「はあ」

「つまり水気を纏う妖怪には、その水気を上回る火気をもって祓うことができます」


 察した。これアカンやつや。


「そうですか。では--」「つまり! クルイさんの使う鬼火が今回の妖怪には有効と言うことです。クルイさん、そういうわけで協力して下さい!」

「イヤですよ。火炎瓶でも用意して頑張って下さい」

「捕まっちゃうでしょ!」

「とにかくイヤです。小銭のために無駄に命の危険に飛び込む趣味はないんで」

「……あの施設が怨霊のせいで潰れるかもしれないとしても?」


 え?


「あの施設、水子の噂が諸々ねじ曲がって伝わって、入居者がどんどん離れていっているみたいですよ? だから院長が私に依頼してきたんです。

 いいんですかねぇ……今時バイト先見つけるのも大変ですよね……

 あの施設がなくなった後、すぐにバイト見つかると良いですけどね……」

「ぐっ……そこは本職が頑張って下さいよ。

 お金貰って雇われたんでしょう? 結果出して下さい」

「必要な人材を集めて対処するのもプロの仕事ってものですよ。

 結果出させたいなら手伝って下さい」


 ぐ……ぐぬぬ。

 

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