第18話 介護センターのアルバイト
「久留井歌舞人です。よろしくお願いします」
「
では早速始めましょうか」
朝の朝礼が終わり、業務に取りかかる。
まずは清掃だ。朝食の片付けと各部屋の掃除。
食後の皿をワゴンに乗せて運び、ベッドのシーツを取り替え、部屋に掃除機をかける。テーブルを拭き上げお部屋ピカピカ。
「基本的にはこんな感じで他の部屋もやっていきます」
「解りました」
「何かあったら連絡して下さい」
「はい」
足長さんはスマホを取り出しチラチラ振りながらそう言って、次の仕事へと向かっていた。
本当は介護士皆で一気に掃除を終えて、次は入浴や排泄の介助ってのが一連の流れらしいのだが、俺はバイトだ。最初から介助を任せられたりはしない。
むしろ有り難いけどね。
現状人手不足のこの施設でバイトに求められているのは、早い話が介護士の時間を確保すること。
掃除とか、ある程度誰でも出来ることに介護士の手を煩わせないよう、その手の仕事を引き受けるというのが朝礼で聞いた俺の役目ってことらしい。
一連の流れが解ったところで、食器をまずは全部運びだし、その後他の部屋の掃除に取りかかる。
十一時には昼食が始まって、また食器の片付けが始まる。
てきぱきやらんとね。
「頑張ってますね。クルイさん」
だから桑野さん。邪魔しないで。
「今仕事中ですよ桑野さん。そちらの仕事は良いんですか?」
「失礼な。ちゃんと仕事してますよ。
さっき打ち合わせが終わったところです」
へー。
「おかげさまで早速仕事が来ましたよ。
青い春を捨てて過ごした私の苦労もこれで無駄にならずにすみそうです」
そらようございましたね。
「まあ占術ではなく、また退魔の仕事というのがなんですが。
私としてはできれば危険のない仕事で稼ぎたいんですけど……」
その考えには同意する。
「今度の相手は侍の怨霊みたいです……クルイさん。人が話し掛けてるのに無視はよくないと思います」
「……今仕事中ですので」
「むう……」
怨霊とか実体のない相手なんぞ俺の管轄外だ。
というか俺の専門はそもそもバトルじゃない。
企業に優遇され、日々定時までデスクにドン座り、ときどき来る依頼をダンジョンで得たスキルで華麗に処理する高給窓際族。
それが俺の目指す夢だ。
ダンジョンは言わば下積み。そんな輝ける将来の夢がなかったらあんな怖いところに行きやしない。
「まあいいです。
奇妙な冒険が好きな一族みたいなこと言われてもな。
「ではクルイさん。いずれまた」
何故かフフンと声が聞こえそうな態度で去っていった桑野さんを視界の端で見送りつつ、ふと思う。
つまり妖怪を食ったわけではない俺は妖怪と出会うこともないのでは?
……下らんこと考えてないで仕事しよ。
昼食を終え、食器を運び、午後のレクリエーションを見守る。
見守ると言ってもペットボトルボーリングを楽しむ入居者を眺めているだけなのだが……暇だ。
周囲の空気に合わせて拍手したり声を出したりしながら、あまりの暇さについつい考え事をする。
このバイトなら続けていけそうだ。
少なくとも難しくて出来ないって仕事ではない。
本職はどうだか知らないが、少なくとも現状任されている仕事は全部問題なし。
今後仕事の幅が広がったらどうなるか解らないが、学生バイトにそんな色々と求めやしないだろう。
日給九千円のこの仕事。
あんまり稼ぎの効率はよくないが、我が儘言ってられる身分でもない。
前回のバイトの残金と合わせて二週間も頑張れば防弾ベストと肩のプロテクターも買えるな。
気のせいじゃなければ桑野さんが俺を巻き込もうとしてるような空気を感じたが、頑張って無視すればOKだろう。
うん。何も問題なし。
今度こそきっちり稼いでダンジョン探索を進めなければ。
金が入って防具を装備出来るまではあまり無理はしない方が良いだろう。
あのダンジョンを知っているのは俺だけ。競争相手がいるわけでもなし、焦る必要はない。
防具が手に入るまでは大人しく槍で鼠をツンツンしていよう。
そういえば洗浄スキルとかラノベじゃあるあるだよな。
洗浄スキルが取得できればこの仕事もすげー楽になるのだが……
「久留井さん」
「……え、あ、はい」
「この後はまた介助業務になります。
十七時からの事務処理に間に合わせなきゃいけませんので手伝って下さい」
おう……さっそく仕事の幅が広がった。
「介助業務は自分の方でやりますので、久留井さんは入居者の皆さんの移動のお手伝いをお願いします。特に車椅子の入居者を押して頂けると」
「解りました」
………………
仕事が終わり家に帰る。
コンビニの唐揚げをつまみつつ、缶ビールを開ける。
「プハァーッ」
仕事終わりの一杯……たまらない。
金が必要なこの時に贅沢かもしれないが、人には心の余裕が必要だ。
不必要な無駄こそ豊かさの象徴でもある。
言い訳をしながら自分を甘やかす至福の時間。
誰にも邪魔されたくない俺だけの時間。
そう、邪魔されたくないんだ。
ヴィーン、ヴィーンと振動するスマホを見ながらそう思う。
スマホの画面には桑野さんの名前が表示されていた。
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