第9話 陰陽師の内情

「クルイさん。着きましたね。運転お疲れ様です。

 少し休憩しましょうか」

「そうですね……それで、この後どうします?」


 桑野さんの家の車で高速を飛ばし、到着した房総半島の南部。

 車から降りて背筋を伸す。

 ひとまず、胡散臭いネット記事に書かれていた町には着いたものの。


「まずは動画の場所を特定します。

 妖怪というのは、簡単に言えば意思の具現とも言えるものです」

「意思の具現?」

「はい。

 岩、木、或いは犬や猫、勿論人まで、対象は何でも良いのです。

 ある者に突如その者ではない何者かの意思が取り付き、怪異を起こすまでに成長した存在なのです」

「はぁ」

 

 説明してくれてる桑野さんには申し訳ないが、これは説明になっているのだろうか?

 説明というのは論理性があるから説明だと思うのだが。

 科学の時代に生きた俺の頭は理解を拒んでいる。

 何者がの意思って、まずその何者って何よ?


「ですので、妖怪というのは範囲の大小はあれど、あまり移動することがないと言われています」


 「ですので」が何処にかかっているか分からない。

 ま、生物は縄張りをもつものだ。そう考えるようにしよう。


「つまり、この動画の撮られた位置の近くに鬼がいると推測できます」


 そこそこな胸を張る桑野さん。

 まあ、桑野さんの理論が当たっていようがいまいがどうだって良い。


「クルイさん。疑ってます?」


 態度に出てたかな。

 この後しばらく一緒に働く相手だ。関係を良好にするなら嘘をつくより正直に言った方がいいかな?


「いえ、どっちでもないって感じです」

「?」

「妖怪がいるなら陰陽師の術は信じますし、妖怪がいないなら陰陽師の術もないんだろうなと思ってますので」

「どういうことです?」

「俺は……人の欲望とか、生き残るための知恵とかは結構信頼してるんですよ。

 じゃなきゃ数千年でこの星の覇者になるとか無理ですから。

 だから妖怪が本当にいたなら、退魔の術は存在するだろうし、妖怪が結局いないなら退魔の術も嘘なんだろうなって感じです」

「……むぅ」


 若干不満そうな顔をされた。失敗だったか?


「まあ、いいです。

 とにかくこの後もしかしたら鬼に遭遇するということも考えられます。

 その時はちゃんと私の指示に従って下さいね?」

「承知しました」


 退魔の術が本当だとして、占術が本当だとは限らないが。

 というか、鬼がいない方が俺は都合が良いんだけどね。

 危険な目に会わずに済むし、長引くほどこの時給の良い仕事を続けられるわけで。


「で、そういえばそのバックアップって具体的には何を?」


 野生のゴリラ疑惑のある相手と、呪文を唱え終わるまで前衛で殴り合えとか言われたら流石に割に合わない。


「そういえばちゃんと話していませんでしたね。

 クルイさんには私が鬼を祓うところを撮影して貰います」

「撮影……ですか」

「そう。

 世間に妖怪の脅威を知らしめる為に……」

「だったら祓う映像は要らないのでは?」

「う……」


 言葉に詰まると言うことは他に違う理由があるということか?

 なんか嫌な予感がするな。


「桑野さん。

 俺も従うと決めた以上、指示者の事を信用したいと思っています。

 ちゃんと話して貰えませんか?」

「……」

「桑野さん?」

「……後はまあ、家の再興も目的としてはあります」


 落ちぶれた元貴族の冒険者みたいなこと言われてもな。

 俺が不信感を隠せず溢れさせているせいで桑野さんが自供し始めた。


「陰陽師にいまどき依頼してくる人なんていないんですよ。

 皆妖怪なんて信じてないですし。

 だから鬼を祓ってそれを動画で配信すれば……」

「依頼が戻ってくると?」

「……はい」


 俺の嫌な予感はハズレらしい。思った以上にどうでもいい理由だった。

 でも、


「そんな上手くいきます?」


 別に陰陽師の行く末とかどうでもいいが、気になったからつい口に出た。

 仮に妖怪の存在が本当だとして、そうそう妖怪に困る人なんていないと思うんだけど。


「陰陽師の主な収益は占術です。

 本当の術者だと分かって貰えれば、そっちのお金が入ってきますから」


 事業の幅が広いって良いことだよね。


「そうですか。

 つまり今回の鬼退治はプロモーション用ってことですね」

「はっきり言ってしまえばそういうことです」


 俗だな、陰陽師。


「というわけで、今回の鬼退治は何としても成功させなければなりません」

「と、いいますと?」

「このミッションの為に入院中の父を言いくるめて何とかお金を調達したんです。撮影者を雇うために。母は父の看病に毎日病院に行くので頼めませんでしたから。危険のある職場ですので、文句を言われないようそれなりの給与を用意しなければなりませんでしたし。

 私のバイト代も足したなけなしの二十万円。無駄にはできません」


 恨みがましそうに見られても困る。

 確かにその金を受け取るのは俺なんだけども。


「はは。えーとまあほら……陰陽師で食っていけなければ、他の職を探す道もありますし」


 場を和ませようと言ったこの一言が琴線に触れたらしい。


「冗談じゃないですよ!

 私が子供の頃、どんな思いであんなクソつまんない修行を耐えたか!

 分かりますか、クルイさん!

 皆が遊んでる中、見たこともないUMAの為に妖怪と怨霊と占術の勉強、勉強。学校の宿題もあるのに。

 スポ根なんてないのに武道訓練とか言われて毎日お爺ちゃんと殴り合って、毎日身体にアザつくりながら過ごしたんです。子供の頃遊んだ記憶なんて殆どないんですよ? 鬱になるわ!

 そんなに苦労したのに……大人になったら今度は陰陽師にならなくて良い?

 ふざけんな!」


 口は災いの元だな。


「はぁ、はぁ……失礼しました」

「いえ……」


 この気まずさを解消する今の最善手は、

 

「じゃあ、そろそろ目的の場所を探しましょうか。

 大事なお金を無駄にするわけにはいきませんしね」

「……そうですね」


 有耶無耶にすることだ。

 しっかし……どの家にも色んな事情があるもんだな。うん。

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