第10話 鬼の居場所
動画の場所を探しながら迎えたバイト四週目。
怪しい人扱いされないか不安になりながら道行く人達に声をかけて動画の場所を聞き込んだ結果、その場所らしき所を突き止めた。
見つけたのは猪の動画が撮影された場所だ。
猪が襲われた場所を撮影した人が周りにもその話をしたからか、知っている人が見つかった。
桑野さんが言うことが本当ならこの近くに鬼の住処がある事になる。
というか
「占術で鬼がいる方向とか占えないんでしょうか?」
「えー……いえ、この辺りは鬼の妖気が周囲に満ちていて、特定するのは難しいのです」
目を逸らしながら言われても胡散臭さしか感じない。
元々胡散臭い仕事だから、今更気にしないけど。
そもそもこれだけ日数が経って鬼の被害がその後報告された様子はない。
ってことはもう鬼自体がアレなんだから、占術もアレなんだろう。
理解していても態度には出さない。
桑野家は俺の野望の出資者だ。
いないなら危険もないってことだしね。
きっちり最後まで付き合って、頂けるものを頂くことにしよう。
「だったら……どう探します?」
ていってもここでボーッとしてるのはどうかと思う。寒いし。
「そうですね……鬼が猪を襲ったのなら血痕がどこかにあるはずです。
それを探しましょう」
あの動画からどれだけ経ったと?
雨で血なんぞ流れてそうだ。
「了解です。じゃあ、手分けしますか?」
「そうしましょう」
勿論そんなことは言わずに従う。俺はアルバイトだ。
動画が夜で風景が見えにくい上、辺りは一面草藪。
動画からある程度の位置を特定しようと思っていたがちょっと難しそうだ。
蛇とかいそうで怖いんだが。
それでも動画で遠くに見える山っぽいものとかの情報から、ここじゃね? あそこじゃね? と探すこと数時間。
「クルイさん! ありましたよ!」
何かを見つけた桑野さんが手を振るのでイソイソと近寄ると、そこには
「これって……毛皮?」
「ですね。多分襲われた猪のものでしょう」
確かに固体なら雨に流されずに残るだろうけども、結局鬼が猪を襲った後、どっちに向かったかなんて毛皮だけを頼りに見つけるのは不可能なわけで……
「あっちですね」
分かんの?
「おそらく鬼はあの山の方へ逃げたと思われます。行きますよ、クルイさん」
「はあ」
急に自信に満ち始めた桑野さん。
陰陽師の秘術でも使ったのだろうか? 本当に分かったって顔だ。
事の真偽は知らんけど。
「そうですか。じゃあ、帰ります?」
「なんでですか!?」
「今から帰ると定時越えそうですけど」
「……今日は残業をお願いします」
稼げるから問題はない。俺は、ね。
ぶっちゃけこの仕事ドライブしてるだけだし。
「そうですか。じゃあ、行きましょうか」
「はい」
桑野さんの懐事情に問題がないかは、また別のお話だが。
車に乗って山へと向かう。
山は頂上まで車で進める道がなく、途中からそこそこ急な坂を歩きで進むことになった。この仕事を始めて、初めて辛いと思ったかもしれない。
ぶっちゃけこの仕事、ドライブばっかりだったし。
もう夕方。足場の不安定な山道を歩くのはそこそこ危険なんじゃないかと思うが、雇い主が行くというのだから仕方ない。
若干ブラック感が滲み出て来た職場に嘆きながら坂の土で滑らないよう一歩一歩踏みしめる。
山はそれほどの高さがないのが救いだ。
それでも一時間ほど続けた山登りという苦行。
子供の頃受けた訓練の賜か、疲れた様子も見せず、時折地面にしゃがみ込んでは進む桑野さんを追うと、なんか洞穴のような場所に着いた。
洞穴の入り口には古い立ち入り禁止の看板が掛かっている。
「ここですね」
おや、まあ。
どうやら鬼の居場所を特定したらしい。
洞穴の奥は暗くて見えないが、そう言われるとなんかそれっぽく感じてきたから不思議だ。
光の届かぬ暗闇が不気味な雰囲気を醸し出す。
風の音だろうか。時折聞こえるうめき声にの様な音も、雰囲気作りに一役買っている。
昔の人達が迷信を信じる気持ちがちょっと分かる気がする。
俺の場合、不気味な穴から出て来た不気味な生物を最近槍でチョンチョン突いているせいで尚更かもしれない。
そういえばレベルアップのおかげだろうか?
運動不足の権化みたいな俺が山を登ったのに足が痛くない。
ウエストも最近引き締まって若干パンツが緩いくらいだ。
パンツも新しく買わなきゃならんのか……金が……
「クルイさん。撮影の準備を」
「? ……ああ、了解です」
今は一応仕事中だ。余計な事考えてちゃいけないな。
車から一応持って来た桑野家のデジタルビデオを片手に構える。
スマホでよくね?
「クルイさん。私の五歩後ろ位を付いて来て下さい」
言われるがままポジショニング。
「もう録画を始めても?」
「はい」
録画ボタンを押すと、桑野さんが洞穴に向かって厳かに話し始めた。
「これより世に巣くう妖魔を祓うべく、陰陽師桑野家が一子、私美果多が退魔の儀を行います」
あ、自己紹介ね。
プロモーション動画なんだから大事やね。
「この洞穴から強い妖気を感じます。今は暗くて見えませんが……」
桑野さんがそう言いながらスマホを取り出し、ライトを点けて洞穴を照らした。
『ヴォオオオオオオ!』
「ひぃ!?」
「え?」
同時に風の音とは全く違う大きな叫び声と桑野さんの悲鳴が聞こえた。
いや、ここでビビっちゃダメじゃない?
てゆーか本当に何かいるっぽい。
スマホを落として固まった桑野さんを尻目に、洞穴にビデオを向けながらその中を凝視する。
ズルズルと何かを引き摺るような音が奥からきこえる。
その音は少しずつ近づいてきて、その姿を見せ始めた。
二足歩行。肩とか子供の頭ぐらいありそうなパンパンの筋肉。
それだけなら人かもしれないが、口からはみ出すように突き出た牙がそうじゃないと教えてくれている。
黒ずんだ身体は毛深いが、動物の毛皮ほど濃くはない。
ザンバラヘアーの頭に角はないから鬼かどうかは知らないが、確かにこれは……なんだろう?
妖怪と言われれば信じてもいいかもしれない。
元は服だったのかなんなのか、ボロボロの布が下半身だけを覆っている。鬼でもTPOは気にするのだろうか?
気を取り直した桑野さんがスマホを拾い、俺に預けてから鬼? 面倒いから鬼で良いか。その鬼に向かって構える。
随分余裕だと思うが、俺でもそうしたと思う。
だって……鬼さんフラフラなんだもん。
太ももに何かが刺さってて、歩く度に赤い汁がピュッコラピュッコラ……
あれって多分……
「猪の牙……ですかね」
「そうでしょうね」
うん。野生の動物って怖いなって思いました。
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