第8話 短い研修

 面接の次の水曜日。俺はまた桑野家へと向かっている。

 面接結果はめでたく合格だった。

 求人募集に応募したのがどうやら俺だけだったことが決め手らしい。

 大丈夫か? 陰陽師。


 喜んで良いのかどうかが分からないが、まあアルバイトだ。人生を決めるような選択じゃないんだから素直に喜ぼう。


 で、どうやら今日はまず最初にちょっとした新人研修を行うらしい。

 陰陽師の研修ってなんだろう? 除霊の仕方とか?

 研修で身につく程度のものなのかな。


 応募には妖怪退治に同行とあったが、まさか俺に妖怪と殴り合えとは言わないよな。

 そもそも妖怪って……

 職場環境に一抹の不安を抱えながら桑野家に到着すると、面接時に会った美果多さんの母親に大きな和室へと通された。


「クルイさん、おはようございます」

「おはようございます」


 研修は美果多さんがやるらしい。

 いや、こう袴着たりとか陰陽師っぽい格好したオジサンとかがやるもんだと思ってたから、何か気が抜ける。


「さて、あ、足は崩して貰って良いですよ。

 では早速陰陽師とは何か? そして今日からやって貰うことについて教えますね」

「えー、はい。お願いします」


 アルバイトとは言え社員だ。雇用主にはそれなりの態度を示すべきだろう。


「まず陰陽師というのは……とりあえず今回は簡単に言うと退魔の術を持つ術者のことだと思っておいて下さい。

 時代を遡れば明治まで陰陽五行思想に基づいて天文学や易学、暦学なんかも司り、政治とも深く結びついた官職としての一面もあるんですけど、今歴史の勉強は重要じゃないから忘れて貰って構いません」

「はい」


 助かる。陰陽師の歴史講座とか将来絶対役に立たない勉強とか勘弁だし。


「退魔の行において、すべきことは二つです。

 さて、クルイさん、質問です。

 今日の帰り道、鬼がいたら……クルイさんはどうしますか?」

「えー……そうですね。

 まずバイクを走らせて身の安全を確保。

 その後、至急警察か猟友会に連絡ですかね」

「……」


 何か間違えただろうか? 鬼が仮に実在したとしたら、カテゴリーは害獣だと思うんだけど。


「……間違っていないのかもしれませんが。

 ここは陰陽師ですから、陰陽師に連絡するようにして下さい」


 なるほど。愛社精神というやつか。


「コホン。気を取り直して。

 さて、先ほど二つと言った退魔の仕事について説明します。

 一つは祓うべき怪異の場所の特定です。これは我が家に伝わる占術をもって私が行います。ただし、占術での特定は余り精密ではありません」


 当たるも八卦当たらぬも八卦?


「そこで、最終的には現地に向かって怪異を探すことになります。

 その際の噂や目撃情報、つまり聞き込みを行うことになりますので、そのお手伝いが基本的なクルイさんのお仕事になります」

「はあ……」


 探偵に頼んだ方が早くないかな。


「そして次の仕事が怪異を祓うことです。

 これも私が基本的には行います。この際、クルイさんには私のバックアップを行って貰います」


 バックアップと言うと……どうしろと?

 後ろからエアガンでも撃ってればいいのだろうか?

 というか……


「えーっと質問よろしいでしょうか?」

「はい。どうぞ」

「桑野さんが陰陽師って……その……桑野さんは誰からその退魔の術とかを習ったのでしょうか?」


 正直イマドキの子が真顔で要約すると「妖怪見つけてぶっ殺す」とか言っちゃうあたり、胡散臭いを通り越して哀れになる。


「ああ。私の師は私の祖父です。

 本当なら父が現役なので、そちらにお任せするところですが……今ぎっくり腰で入院中なんですよね。なので私が……」


 なるほど。父親も同類か。愉快な家族だな。

 いや、余計な詮索をするな俺。ちゃんと報酬さえ払ってくれれば問題はない。


「さて、仕事の詳細は追々話すとして……

 まずはクルイさんに見て貰いたいものがあります」

「俺に?」

「はい」


 桑野さんはそう言ってタブレットを取り出した。

 ネットの動画らしい。サムネに「未確認生物発見!?」とか書いてある。


「ここを見てて下さい。

 画像が粗いですがチラッと出て来ますので」

「はあ……」


 雇用主に従うのが俺の仕事。もう今は仕事中だ。言うことを聞こう。

 言われた通り画面を見続ける。

 まばたきとかして良いだろうか? 意識したら目が痛痒くなってきた。

 

 動画は暫く夜のただ揺れる木々を映している。

 この動画を映した人は、何を考えてここを映し続けたのだろう?


 ふと茂みが揺れ、ソイツはその姿を現した。


「どうですか? 見えましたか?」

「えっと、なんか凄いマッチョな人っぽいのが」

「人ではありません! 鬼です!」


 野生のボディービルダーかなんかじゃねえの?

 マッチョなだけで鬼判定とか早計に過ぎるだろう。


「では、これは?」


 猪だろうか? 次の動画も夜とまではいかないが薄暗くて見難い。

 野生の猪を動画にとっていたのだろうか?

 草藪の中でケツだけ見せてる動物をずっと映している。


 暫く見ているとその猪に襲いかかる何か。おそらく二足歩行。

 動画を撮っている人は驚いたのか、「何だアレ!?」とか言いながら逃げている。

 おかげで二足歩行の生物が何だったのかはよく見えなかった。


「んー……ゴリラ?」

「だから鬼です!」


 なぜそんなに鬼に拘るのだろう?

 陰陽師だからか。納得。


「この動画が流れたあたりから、この周辺では鬼を見たという目撃情報が数多く噂され、ネット記事にもなっているんです」


 へー。世も末だな。


「そこで私の出番というわけですよ!」


 そうですか。


「ということで、クルイさんにはひとまずこの鬼を祓うまで、私のバックアップをして頂きます。予定では長くて二ヶ月といったところですね」


 期限付きか。思ってるより短いな。

 八時間業務だとして、防具を買う金がギリギリ稼げる位?


「さて、既に私の占術で鬼のいる場所は占ってあります。占いの結果はこう出ました。南に行くべきだと」


 わざわざ占わんでもネット記事に出現場所とか書いてあったろうに。


「ということでクルイさん。

 南に向かいますよ!」


 とまあ、なんかそうなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る