1章 ~陰陽師~
第4話 桑野家=退魔の家系
<Stranger’s Record>
我々はいつ間違えたのだろう。
いや、正しく歩んだからこそ我々は……
今は感慨に耽るときではない。
我々は進まなければならない。
計算された航路に従い、ただひたすらに進む船。
焦燥感が心を満たす。
早く、もっと早く。
だが船の速度は変わらない。
船の中で我々に出来ることもない。
溢れそうになる感情を理性で制する。
今は眠ろう。
この船が止まるまで。
◇◆◇◆◇◆
妖魔。かつての人々は恐れられ、言い伝えられた存在。
それは力の象徴であり、恐怖の象徴であり、そして人の手に負えぬ超常の象徴でもあった。
だが届かぬ物に手を伸すのが人の歴史。
古の人々はその者達を研究し、やがて対抗する術を生み出した。
そしてその術をもって妖魔を祓い、その術を後生へと伝え続ける者達がいる。
陰陽師。
明治政府が陰陽寮を廃止して以来その職は表からは消えたが、時に起こる怪奇現象に害を受けた者は一定数いる。
故にその術を脈々と受継ぐ者達は確かに存在し、昔とは定義は違えどその血脈は今も残っていた。
その家系の内に、桑野家もまた家名を並べている。
しかし超常現象などというものは時代と共に廃れていった。
あらゆるオカルトが科学の名の下に物理的な理由付けをされ、嘘というレッテルを貼られた。
退魔の依頼などというものは、かつての話。
「就職かぁ……」
故に、代々続く陰陽師の家に生まれたとて、その家名と
桑野家の娘、美果多もまた例外ではなかった。
「お父さんはいいよね~。代々続いた
親の残した財産で毎日何もせずに食っちゃ寝できて」
「ミカタ。ダメよ、そんなこと……特に本人の前で言っちゃぁ」
「わかってますよ~っだ。はぁ……」
陰陽師も飯を食わねば生きていけない。
何百年と受継がれた退魔の術も、依頼がなければその意味をなさなかった。
「もう、いっそ男気のある鬼がぽっと出て来て、何人かザックリやっちゃってくんないかなぁ……」
「なんて物騒なこというの!
ほら。ぶうぶう文句ばっかり言ってないで。時間があるなら勉強するなりアルバイト探すなり、やることあるでしょ? もう冬休みも終わったのよ?」
「たまには休みも必要なのー」
「そういって休んでばっかりじゃない。まったく……」
しゃれっ気のない格好で、だらしなく縁側で横になってスマホを弄る美果多。
それを見て美果多の母親
美果多は子供の頃から退魔の術を引き継ぐため、修行を積んできた。
美果多の祖父の指示で。
他の子達が遊び、笑っているとき、美果多は祖父と妖魔について学び、祓う術を教え込まれた。
修行は決して、少なくとも子供にとって甘い物ではなかった。
叱られ、泣いている姿を何度見たことか。
美果多は陰陽師になることを望んでいなかった。
それでも家を、術を守る為と、祖父は美果多に修行をさせ続けた。
美果多の父は柔軟な考えを持っていたといえるのだろう。
美果多が高校三年になり祖父が他界した後、今の仕事は自分を最後とし、美果多には好きな道を進むように言った父、
堅強は理解していた。
もう陰陽師を必要とする世の中ではないことを。
家の過去より娘の未来。
堅強にとって、それは娘を想っての言葉であったことは間違いない。
だが、子供の頃、普通の子供が過ごす当たり前の時間を修行の為に過ごせなかった美果多が、例え陰陽師としての将来を望んでいなかったとしても、そう言われてしまっては今までの自分の苦労はなんだったのか? と考えてしまうのは無理からぬことではあった。
現在、美果多は大学二年生。
陰陽師になりたくなかったはずでありながら、堅強の言葉にひたすら反発していたが、今では少しずつ自分の将来を考えながら動くようになった。
最近フォークリフトの技能講習を受け、無事修了証を取得した。
まだ不満はあれど前を向いてくれている。
そう思えば美果多の今の態度など可愛いもの。
とはいえ冬空の下、縁側で寝そべっているのはどうなのだろう?
そう思い直し、湯乃子は娘を動かすべく声をかけた。
「ほら。
そんなところで寝そべってないで、暖かいところにいきなさい。
退院したお父さんが見たら起こるわよ?」
「今は入院中だから見られないよ」
「屁理屈言わないの。そこでスマホ弄ってても何も出てこないでしょ」
「へ? ……出た」
「何が?」
「……鬼」
「何を言ってるのよ」
「……鬼が出た!」
「……は?」
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