第2話 青い猫

「いいかい? 黒い猫が目の前を横切ると不幸なことが起きるといわれているんだ。

 だから、黒い猫を見つけたら気をつけなきゃいけないよ」

「えー、じゃあ黒い猫キライッ」

「そう言うもんじゃないよ。

 折角不幸を教えてくれるんだから、むしろ大事にしなきゃ」

「んー、そっかー。

 ……ねえ、ばあちゃん」

「ん~?」

「じゃあ、白い猫は?」

「白い猫は……幸せの猫さ。

 この後良いことが起きるって教えてくれているんだよ」

「へー。じゃあ、青い猫は?」

「青い猫……」


 きっと去年映画化されるまで流行になった同名の絵本のせいだろう。

 原因は解りつつも困った祖母は祖父の顔を見る。

 祖父は苦笑を浮かべながらこういった。


「トキ。残念ながら青い猫はいないんだ。青い猫がいるのは絵本と映画の中だけだ」

「えー、いないのー? 僕、青好きなのに」

「アハハ。そうか。

 じゃあいつか見つかるかもしれないな」

「ホント?」

「ああ。でも見つけた時は気を付けなさい」

「?」

「今はないものが見つかる。

 それはきっと……この世界が変わる時なのだから」



……



「んーー」


 男は目を擦り、欠伸混じりに目を開ける。

 まだ外の景色は暗い。


「今日は一応三時間位は眠れたか」


 過労によるストレスから来る不眠症のせいで、眠れぬ日々を送る男。疲れきっているにも関わらず、眠ることも出来ない。

 そんな男にとって今日はまだマシな方だ。

 僅かなりとも眠れたのだから。


「しかし、なんであんな昔の夢を見たかねぇ?」


 身体を動かすとの節々に痛みのような違和感を感じる。

 男は痛みを振り切るように身を起こし、まだ暗い外を映す窓へと近寄る。


「さて、まだ早いけど、出社準備でもするか……」


 昔両親に連れられて行った祖父母の家での一幕。

 それを夢に見たのは、ただの現実逃避だろうか?

 出社準備を、と言いながら男は身体を動かさず、アパートから外を眺める続ける。

 建物に遮られ、地平線も見えぬ雑多な風景のその先には、男の故郷があるはずだった。


 そのまま外を眺め続けていると、ふとベランダの手すりの上に猫がひょいと跳ぶように現われた。


「青い……猫……?」


 目の前にあられた猫は青かった。


「え?」


 いるはずもない青い猫。

 思わず目を擦りまた見ると、もう猫はいなかった。


「ホント疲れてんな……」


 どうやら幻覚を見たらしい。

 明らかに正常に回っていない頭を引っぱたいてやろうと手を持ち上げ、男はまたもあり得ないものを見た。


「燃えてる?」


 手が青い炎で包まれている。

 炎は身体を覆い、男を包んだ。


「ダメだ、こりゃ」


 身体が熱い。熱でも出ているのだろう。

 意識が薄れていくのが分かる。

 

(とうとう幻覚見るほどヤバくなったか、それともまだ夢の中か……)


 その男、吉備津きびつときは逆らわずにただ、身体の命じるままに意識を手放した。



◇◆◇◆◇◆



 アレは何だったのか? いや答えは解っている。




 秘密基地に現われた黒い渦。

 いきなり触る勇気がなかったので、木の枝を拾いに秘密基地の外に出た。

 人を殴ったら中々のダメージが入りそうな、太くて長い木の棒を手に入れ、戻ったら渦は消えていた。


 赤い水晶をもう一度押し込むと、駆動音の後また現われた。

 木の枝でツンツンしようと、黒い渦に木の枝で触ってみたら全く感触がなかった。

 いや、僅かに吸い込まれるような感じはあったが。

 

 そのまま木の枝を押し込むと、木の枝は何の手応えもなく進んで行った。


「ブラックホール? ……なわけねえか」


 木の枝を引き戻してみたが、全く変化はなかった。


「んー?」


 考えてても仕方がないので手で触ってみた。

 目で見える空洞。とでも言うのだろうか? 何の手応えもない。


「何なんだ? これ……」


 その時、ふと渦が消えた。

 後から冷静に考えたらゾッとするが、突っ込んでいた手は無事だった。

 

 人体に影響はなさそうだと考え、赤い水晶を再度押し、次は顔を突っ込んでみた。

 渦の向こうには岩作りの先の見えない洞窟がずっと続いていた。


 どういう理屈なのか?

 顔を突っ込んだ横に赤い水晶が見えたので、少なくとも出ることは可能だと判断し、今度は全身入ってみた。


 すると『ヂュイー』っと何かの鳴き声のようなものが聞こえた。

 というか鳴き声だったんだと思う。


 薄暗くて入った時は見えなかったが、洞窟の壁に穴が開いていて、そこから四足歩行の鼠のような何かが出て来た。

 鼠のような、といったのはサイズが猫位あったのと前歯が牙のように鋭かったからだ。


 あ、さっきちょっと嘘を言った。

 四足歩行に見えただけで、ソイツはやたらと長い後ろ二足で立った。

 カンガルーみたいに。

 鼠ならあるはずの毛皮もなく全身つるつる。

 つまり、


「キモッ!?」


 見たことのない汚らしい生物に身体が警戒信号を鳴らしたとき、ソイツが俺に向かって飛び掛かって来た。

 後ろ足を使ったジャンプ。


『ヂュイーーーッ!』

「い!? ぶわぁあああああ!」


 幸いにも手に持っていた木の枝が役に立った。

 本能的にソイツをフルスイング。その生物……取りあえず鼠と呼ぶが、鼠の横っ腹に木の枝がクリーンヒットした。


 岩壁に叩き付けられた鼠は、打ち所が悪かったのか、そのままピクピクと痙攣し……そして動きを止めた。


 自分の手で生き物をっちまった気持ち悪さに、逃げるようにアパートまで帰った。


 頭の整理が追いつかなかった。


 アレはなんだったのか?


 少し時間をおいてから、答えがない事を理解しながらも、神社のある方を窓から眺めた。

 ふと、ベランダの手すりに何かが跳び乗った。


「青い猫?」


 身体が熱くなる。頭がクラクラとする。

 倒れたい、という身体の欲求に耐えきれず、俺は意識を手放した。



 ……………

 

 何時間位倒れていたのか。

 深夜、もう日が変わったころに目が覚めて起き上がる。

 身体に変わった所は感じなかった。 


「んー……」


 黒い渦、先の見えない洞窟、デカい鼠、青い猫。

 考える要素が多すぎて、頭がパンクしそうだったが、その後に起きた現象によって俺は一つの答えに行き着いた。


あつうッ!?」


 倒れた身体の調子をもう一度確かめようと手をグッパグッパしたり、指に力を込めたりしていると、指先に青い炎がボッと点いたからだ。


 俺もまだ大学卒業前の二十代日本男児。

 ここまでヒントが揃えば謎解きは簡単だった。


「……ダンジョン」


 俺はダンジョンに潜り、モンスターを倒し、スキルを手に入れた。

 どうやらそういうことらしい。

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