昼下がりのアドレッセンス
前田島人
第1話
昼下がり、いつものように図書館で受験勉強していると、
「おーす」と樹が目の前の椅子にドカッと座ってきた。
「おーす」私はあえて平静を保って返事をする。
樹は幼なじみだ。
ちっちゃいころから一緒にいたのに、中学生になってからなんだかよそよそしくなってしまった。
原因は私にある。
中学3年生になって、グングンと背が伸びてきた樹は、女子生徒からちょこちょこ告白されるようになった。
私は樹と一緒にいると他の女子生徒に「樹のこと、好きなの?」なんて聞かれてしまって、女子特有のマウントを取る雰囲気に怖気付いて樹を避けるようになった。
そもそも私みたいな根暗がモテる樹と釣り合うわけないし。
そんなこんなですっかり何年も喋らなくなってしまった私たちは、いつの間にか高校生になった。
田舎だったから、高校は同じ所に進学した。
周りの生徒は大体中学の時の顔見知りばっかりだ。
正直もう話すことはないのかななんて思ってた。
だけど転機は突然訪れた。
高校3年生になってからだ。
図書館で受験勉強していると、急に樹に話しかけられたのだ。
「アドレッセンスってどういう意味だっけ?」
後ろを振り向くと至近距離に樹の顔があった。
びっくりした私は
「えっ?! あっ! アドレッセンス?!」と図書館なのに素っ頓狂な声を上げてしまった。
机の上を見てみると自分で書いた単語帳が転がっている。
そこにアドレッセンスと書いてあったのだ。
私は単語帳を取って意味を確認してみる。
「えっと、あの、アドレッセンスは、青年期、青春って意味だって」ドキドキしながら樹の顔を見上げると、樹は口角を上げてフフッと笑った。
「青春って、じゃあ今の時期がまさにそうじゃん」そう言いながら前の席に座る。
私は久しぶりの会話に胸が高鳴った。
「あっなんか、こうやって話すの久しぶりだね」なんだか緊張して、目を逸らしながら話してしまう。
「んー。だね。フフッ。俺も勉強しなきゃなー」樹は大きく伸びをした。猫みたいだ。急にそんなことを思った。
「え? どうかした?」思わず笑ってしまった私に樹は驚いたように聞いてきた。
「ううん。なんか、猫みたいだなと思って」
「なんだそりゃ」樹が拗ねたように笑う。
こんな風に普通に話したのは何年か振りだったが、樹と話してると昔に戻ったみたいに楽しかった。
それから私たちは勉強そっちのけで色々なことを話し込んだ。
久しぶりに話せたのが、私はとても嬉しかった。
それから、図書館で一緒に受験勉強するのが、何となく2人の日課になった。
樹が勉強してる時、私はこっそり樹を盗み見てしまう。
俯いた時に前髪の間から見える長い睫毛がキラキラしていて、芸術品みたいだと思う。
そんなことを思いながらぼうっと見惚れていると、視線に気づいた樹がチラッと見上げてきて、思わず目が合った。
咄嗟のことに私はあっとなって赤面する。
それを見た樹がフフッと笑いながら、
「何見惚れてんだよばーか。勉強に集中しろ」と言ってきた。
「なっ! ちがっ! べ、別に見惚れてなんかないし。ちょっと…考え事してただけ!」
そんなことを言いながら私は照れを隠すように横を向いて視線を逸らせた。
樹にはなんだか全て見透かされてるようで、居た堪れなくなってくる。
素直になれたらいいのにな。
自分の可愛くない行動をすぐに後悔するものの、恥ずかしさが勝ってしまってどうしようもない。
「考え事? 何考えてたの?」樹が笑いながら聞いてくる。
「考え事っていうか…な、悩み? みたいな…」口籠って答えると、
「悩み? 恋の悩みとか?」と更に問いかけてくる。
「ち、違うけど…言えない! 秘密!」私は無理矢理会話を終わらせようとした。
「聞きたいけどな〜。俺も悩んでるし」
「え? 恋の悩み?」つい気になって聞いてしまう。
「そ。好きな人が全然振り向いてくれなくてさ」
それを聞いた瞬間、私は心臓がギューッと痛くなった。
(好きな人、いるんだ…)よく考えれば年頃の男子なのだから当たり前のことなのに。
「…ふーん。好きな人、いるんだ。どんな人?」私は一生懸命に平静を保ちながら聞いてみる。
樹がフフッと笑って言った。
「俺の目の前にいる人」
昼下がりのアドレッセンス 前田島人 @maeda_shimabito
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