第55話 授業参観


ガラガラ

ペコ


 5時間目が始まる。後ろから静かに誰かの保護者が入ってきては振り向いて確認した。5,6時間目と朝言っていたので5時間目には来ないかもしれないのに、後ろで物音が聞こえるたびに確認してしまう。


ガラガラ

ペコ


「!?」


 そして5分が立ち、これ以上授業を話半分で聞くのはダメだと思い最後に振り返るとおじさん――博人が教室の中へと入ってくる姿が見えた。

 日菜子と目が合ったおじさんは小さく手を振ると、後ろの保護者がいる場所へ混ざった。おじさんが来てくれたという安心感や嬉しさで、ニヤツキそうになる己を律し黒板へと目を向けた。そこには不安に押しつぶされそうな少女は消え、しっかり者の、いつもの日菜子に戻っていた。


「この問題わかる人、んー近藤さん」

「はい!差別されていた呼び名を廃止し、身分や職業が平民と同じであると布告した法令のことです」

「はい、正解です。」


 近藤日菜子。親が他界しおじさんの元にお世話になっているが、中学校では前の名字を使っていた。

 自分に当てられしっかりと発言できたこと、間違えずに正解できたこと。良いところを見せることが出来てホッと一安心して、チラッとおじさんを見やる。

 音がならない小さな仕草で拍手をしてくれた、おじさんは事あるごとに褒めてくれる。お母さんの代わりに家事をしていたことをおじさんのところでやった時も、テストでいい点数を取った時も、何気ない会話の中で。それが何よりも嬉しく満たされた。この拍手だって、他の人に迷惑にならないかつ最大限に自分を褒めてくれていることが伝わってくる。


キーンコーンカーンコーン

キーンコーンカーンコーン


「はい号令」

「起立、礼、着席」

「ありがとうございました。」


 授業のチャイムが鳴り、号令が終わる。先生が動き出したと同時におじさんの元へ駆け寄った。


「おじさん、来てくれてありがとうございます」

「ううん、気にしないで。日菜子ちゃんなら大丈夫とは思っていたけど、授業も真面目に聞いていたし、ハキハキと発言出来ていておじさん関心しちゃったよ」

「えへへ」


嬉しさの絶頂にある日菜子はもじもじしながらもはにかみ、素敵な笑顔を見せる。日菜子の笑顔を見てしまったクラスの男子の何名かが恋に落ちたのは言うまでもない。


「あっ、予鈴」


 まだまだ褒められたいという欲が無限に湧いてきて、時を告げる残酷な音を恨めしく思った。


「6時間目も頑張っておいで。終わったら【あみりんご】にでも寄っていこうか」

「はい!」


 先ほどまでの恨めしい気持ちはどこへやら、おじさんの激励とご褒美に見事に釣られる日菜子。


キーンコーンカーンコーン

キーンコーンカーンコーン


 6時間目の終了を告げる鐘が鳴るその時まで上がり切った日菜子のテンションは下がらないでいた。


「2,30分で帰りの会が終わると思います」

「うん、じゃあ校門の辺りで待っているね」

「なるべく早くいきます」

「ははは、ゆっくりでいいよ」


 授業が終わり保護者が退席した後、佳代と由美を初め、仲のいい同級生ら5,6人が日菜子へと詰め寄った。


「ちょっと日菜!」

「え?な、なに皆?どうしたの?」

「どうしたも何もないよ!あれのどこがおじさんなの!?」

「イケメンなお兄さんじゃん!日菜子ずるい!しかも優しい性格だなんて…ずるい!」


 うんうん、と頷く日菜子を取り囲んだ面々。中3にもなれば自分たちの親は40を超え、若くとも30半ばである。その中で20台に見えるちゃんとした格好の博人はイケメンに見えた。実際に博人は身長も高く顔立ちも整っている。会社泊りの社畜の頃と比べ睡眠時間も十分にとっているため顔つきもいい。そんなおじさん――もといイケメンお兄さんを見て同級生が嫉妬しないはずもなかった。


「あ~佳代も日菜子のお兄さんみたいなイケメンお兄ちゃんが欲しかった」

「「「わかる!!!」」」

「優しそうだったし日菜のお兄さんに勉強とか教わりたいかも…」

「「「それもわかる!!」」」


 博人の詮索は先生が来るまで続いた。大変な思いをした日菜子であったが、おじさんのことを褒められてまんざらでもない。そのことを親友2名には目ざとく発見され勉強会と称し博人に会う口実を約束させられるのだった。


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社畜さんとアップルパイ わた @soki1004

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