第54話 5月8日
5月8日
「行ってきます!」
「うん、行ってらっしゃい」
毎日の学校生活、日菜子にとって学校に行けることは大変ありがたいことではあったのだが、そこはやはり子供という事で憂鬱になる日や、面倒くさいなと思って登校する日も少なくなかった。でも、今日の日菜子はとても晴れやかな気分であった。
「5,6時間目にいくからね。頑張っておいで」
「はい!」
5月8日は待ちに待った授業参観日、思春期真っ盛りの中学3年生にとって授業参観日というものは疎ましい行事かもしれない。日菜子にとっても今までは別の意味で疎ましい行事であったことに間違いはない。
「ふふ~ん~」
頼りがいのある優しいおじさんを勝手ながら父のように感じていた。そんな父親代わりのおじさんが授業参観に来てくれるというのだ、客観的に見て大人びているとよく言われる日菜子であってもその日の通学中は幼さを隠し切れないでいたのだった。
「――はい、この問題はわかる人、じゃあー阿部君」
「はい、選択肢イの優越感だと思います」
「正解。間違った人~は結構いるね。解説するので赤ペンに持ち替えてください」
4時間目の国語。時が近づくにつれあんなにも楽しみにしていた授業参観であったがいざおじさんが来ることを想像してしまうと不安の割合が自分の中で大きく膨れ上がっていった。
おじさんのことだからないとは思うが、本当に来てくれるのかという不安。恥ずかしがらずに手を挙げて発言できるかという不安。わかる問題が来るのかという不安。緊張で声が上ずらないか、先生に当ててもらえるのか、不安と緊張でお腹は痛まないか――。
考え出したらキリが無い。
キーンコーンカーンコーン
キーンコーンカーンコーン
「日菜子!ご飯食べよ?日菜子?もう授業終わっているよ?」
「え!?ご、ごめん佳代ちゃん」
「うん、大丈夫だけど。早く給食貰いに行こ?お腹すいちゃった」
「そうだね!」
しっかり者の日菜子が上の空で授業が終わっても動かない様子を見かねた仲のいい同級生鈴木佳代。友達の言葉に現実へと引き戻され給食当番に給食を貰いに席を立った。
「わー!そうだ、今日はきな粉揚げパンだ!美味しそう~」
「う、うん」
配膳してもらい席に座って給食を眺める。学校給食の中でも人気ランキング上位を占めるミネストローネときな粉揚げパン。例に漏れず日菜子もきな粉揚げパンは大好きだった食べ物なのに、味を楽しむ余裕が無かった。
「どうしたの?日菜?」
「由美ちゃん…ううん、なんでもないよ」
「由美もそう思うよね?佳代もなんかおかしいなーって思っていたの。心あらずというか、ずっとかんがえごとしているっていうか」
「じ、実はね――」
佳代と同じく仲のいい同級生加藤由美。普段とは違う日菜子の異変に気が付き何があったか食べる手をやめて日菜子に聞いた。
「そっか、前言っていたおじさんって人が来てくれるのか」
「う、うん」
周知の事実だが日菜子の本当の親がいないことは皆知っている。中でも親友といって相違いないこの2人にはそれ以上に踏み込んだ相談をしていて、日菜子の現状を知っていた。
「なーんだそんなことかー」
「佳代ちゃん!?」
自分の抱えている不安をその程度かと軽く言い放つ友達に目を見開いた。
「その不安はみんな抱えているやつだもん。日菜子は他の子よりもちょっと大きいかもしれないけどその程度だよ。」
「その程度って――」
「その程度、だよ。だっていつも日菜子は嬉しそうにおじさんの事について話してくれているじゃん、優しい人なんでしょ?」
「それは、そうだけど」
「じゃあ問題ないよ、普段通りのしっかり者の日菜子を見せればいいだけでしょ?緊張しっぱなしのほうがよっぽどダメだと佳代は思うな~」
「佳代の言うとおりね、日菜は考えすぎ。にしても授業参観良かったね」
「うん、2人ともありがと」
親友のお陰で肩の荷が下りた日菜子。その日の給食はより一層美味しかった。
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