第52話 試食会(4)
【あみりんご】のアップルパイには何度度肝を抜かされるのだろうか、何度惚れ直せばいいのか、箱の中に入っていた4つのアップルパイ。そのすべてを酒精が入った少し大人なアップルパイだと思い込んでいた。
蜂蜜のようなねっとりとした濃厚な甘みを感じる。ビターなアップルパイの後だからなのかより一層甘みを強く感じた。
「ふぅぁぁぁあ」
横で食べている日菜子ちゃんなんか蕩けきった表情を浮かべ、目を輝かせる。横目で見ている博人も例外ではない、頬が落ちるとはまさにこのこと!と言わんばかりに空気を含ませ香りを楽しみながら何度も咀嚼し頬っぺたが緩み切っていた。
「す、すごく美味しいです~」
「まさか違う味が入っているなんて思ってもいませんでしたよ」
2つ目のアップルパイを飲み込んでから感想を伝えると、洋子さんは喜ぶ――ではなく、ニヤニヤとしていた。まさかと思い博人と日菜子は3つ目のアップルパイへ手を伸ばした。
「「!?」」
真相を確かめるべく、博人と日菜子は勢いよくアップルパイへと齧り付いた。突如襲う強い酸味に顔のパーツが中央へ寄った。強い酸味を感じたのはほんの一瞬、酸味は2つ目の甘ったるさと調和しマイルドな味わいへと変貌する。これがシンプルなアップルパイと同様大きなアップルパイであれば、よほど酸味のあるリンゴが好きな人でないと好んで食べたりはしないであろう。この2口で食べきれるという大きさが丁度良く、見事という事他にない。
1つ目、ビター
2つ目、甘ったるい
3つ目、強い酸味
とくれば、4つ目のアップルパイが普通であるはずがない。意を決し4つ目に齧り付く。
「「うまー」」
心で思っていただけの言葉が意図せず外に出てしまっていた。良くない表現の仕方をするならば、4つ目のアップルパイは奇抜さや裏を掻いたものはない。生地が変わっているでもなければ、匂いも普通である。そう、4つ目は【あみりんご】に行くと毎度のように購入していたシンプルなアップルパイであった。
正直に言おう、ここにきてそれはずるいと。
「これこれ!」といった安心感とでも言うのだろうか、お菓子で新作の味が出れば購入し、勿論美味しく頂くのだが、結局このシンプルな味が一番だよね。という情景がこのアップルパイアソート一つで脳裏を駆け巡った。
「「美味しかった、ご馳走様でした」」
「ふふふ、お粗末様です」
これすべてが試作?冗談か何かだろうか、新作が3種類でたから持ってきてあげたよ。と言われた方がまだしっくりとくる。どれも店頭に置かれれば間違いなく買っている――というか店頭に置かれていない状況が想像できない。
「よ、洋子さん」
「なーに日菜子ちゃん?」
「これって、3種類新作として出すことは出来ないんですか?」
僕も言いたかったことを日菜子ちゃんが先に洋子さんへと問うた。
「出せないこともないと思うんだけど、うーん」
困った表情を浮かべ考える素振りを見せる洋子さん。博人と日菜子的には何を悩んでいるのか皆目見当もつかないでいた。2人の脳内はどれも美味しかったから、全部新作として出せるのではないか!という単純明快な思考が2割、残り8割はアップルパイの余韻を楽しんでいた。
「あんまり種類が多いと作るのが大変で、元々の商品の在庫を減らすわけにもいかないからどうしたものかと思ってね。勿論無理なく出来るんだけれど、いきなり3種類も新作を出しちゃうと今後新作を出しづらくなっちゃう気がして。」
店員さんからのごもっともな意見をぶつけられて黙ってしまうファン2名。同じく解決策を見つけ何とか要望に応えたいアイドル(あみりんご)。
「すぐにじゃなくていいから全部食べたいなぁ」
誰に向けたわけでもない日菜子ちゃんが零した何気ない言葉。その言葉に博人は一つの策が頭に思い浮んだ。
「そうか確かにすぐじゃなくていいのか。」
「博人さん?」「おじさん?」
「洋子さん、この試作って新作として出しても問題ないものですよね?」
「勿論自信はありますよ?」
考え込む最中、突然声を上げた博人に驚きながらも、自信を持ってそう答える洋子。力強く頷いた洋子を確認し今考えた案を2人に伝え始めた。
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