第51話 試食会(3)
「最後のアップルパイは他の2つとはちょっと変わっているから無理はしないでくださいね?特に日菜子ちゃんは無理しないでいいからね?」
「ん?はーい」
確かに先に食べた試作のアップルパイは、シンプルなアップルパイと同様に長方形に模られていた物だったが、今目の前はティッシュペーパー位の大きさをした箱が置かれていた。この時点で他の2つとは毛色が違うのだが、日菜子ちゃんに念を押したのはなぜだろうと思いつつ、答えが出ないまま箱を開けた。
箱の中には、シンプルなアップルパイを4等分に切られたものが鎮座していた。大体2口サイズの大きさだろうが、特に物珍しさは感じられず更に困惑を深める。
「んー大丈夫だと思うからとりあえず食べてほしいです。日菜子ちゃんはちょっと小さめに食べてみてね」
考えてもわからないものはわからないので、博人も日菜子も小さめにアップルパイへと噛り付いた。
瞬間、ブワッと芳醇な香りが鼻を通り抜ける。そして生地のほんのりとした甘さを覆うビターな味わいが口の中へと広がった。ビターといってもアップルパイにとってはという話である。その奥にははっきりとフルーティな甘みを感じられとても美味しい。美味しいのだが何だろうかこの違和感は――
「美味しいです」
「私も美味しかったです」
洋子さんが気にしていた懸念も特になく、日菜子ちゃんは美味しそうにアップルパイを頬張った。
ビターな味だから懸念していたのかなと思い博人も再度食べ始める。
「あっ、お酒か」
「気が付きました?」
違和感の正体はアップルパイのソースに含まれた酒精であった。別段アルコールを感じたわけでもお酒感があったわけでもないが、前に食べた酒精の入ったチョコレートになんとなく似ていたのだ。それでも確信は無かったが洋子さんの一言で確証した。
「えぇ!?これお酒入っていたんですか!?私酒精が入っているお菓子苦手だったはずなんですけど――これは凄く美味しかったです!」
それに驚いたのは日菜子であった。日菜子は昔、キャンディーの袋に包まれたチョコレートのお菓子を酒精が入っているとは知らずに食べて後悔したという過去を持つ。そのせいでお菓子を食べるときは裏面の表記を確認するという癖がつくほど苦手だったので、このアップルパイに酒精が入っていることが信じられないといった顔をする。
「あっ、ごめんね!日菜子ちゃん」
「いえいえ!寧ろ知らなくてよかったです!酒精の入ったお菓子でも美味しいものがあるんですね…」
洋子さんの懸念していたことの正体に納得するとともに、苦手な食べ物すらも克服させてしまう美味しさを持った【あみりんご】のアップルパイに驚愕した。ファンという事もあり、2人の目は多少なりとも贔屓目が入ってマイナスな先入観が無い事は否めないが、それでも凄い事には変わりない。
更に酒精入りという言葉にグッと思考を持ってかれてしまったが、このアップルパイも他の試作のアップルパイと何ら遜色のない美味しさであった。多少人を選ぶかもしれないが、店頭に置かれていても何ら不思議ではない。取引先の手土産として持っていけば確実に好感を得られるだろうと思える、まさに逸品だ。
「初めて見た箱のタイプですし、お土産用やプレゼント用に喜ばれるかもしれませんね、僕がこのプレゼント頂いたら間違いなくお店の名前伺って来ていましたね」
「確かに、おじさんみたいな大人な男性が好きそうな味ですね、甘さも控えめですし甘いものが苦手!って人も美味しく食べられるかも」
「うんうん、コンセプト通りの反応で嬉しいな!お腹に余裕があるなら残りも食べてみて」
博人も日菜子も、食べていいなら勿論と言わんばかりに、箱の中に入ったアップルパイを手に取り口へと運んだ。酒精が入っていると知った後でも、美味しいとわかっているので日菜子は躊躇う素振りは見せず大きな口で齧り付いた。
「!?!?」
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