第50話 試食会(2)


「こんな美味しい試作品が残り2つも…」

「うぅ~洋子さん~私決められないかもです」


  初手で王手を食らった気分の博人と日菜子。【あみりんご】のアップルパイは試作であろうと二人のファンを魅了していた。


「意見として聞きたいだけなのでそこまで気負わなくて大丈夫だよ日菜子ちゃん!好みの問題もあるだろうしね!」


 まだ一つ目しか食べ終えてないのに、真剣に悩む2人を見て嬉しそうに微笑む洋子。とりあえず悩むのは全部食べてからと、次のアップルパイを差し出した。

 頭を抱えて悩んでいた博人に日菜子も、目の前にアップルパイを出されると思考を放り出しアップルパイを嬉しそうに手に取った。


 見た目では違和感でしかなかったが、手に取って初めていつものとは違う事を博人は即座に感じ取った。そのアップルパイは若干大きい――というか膨らんでいた。


「いつもよりも大きいですね」

「あ、博人さんわかりました?」

「え、えぇ、些細な変化だったので見た目では気が付かなかったんですが、持ってみたら全然違いました」

「流石常連さん!」


 その後何回か言葉のラリーは続くものの、洋子さんは試作について何か言ってくることは無かった。ネタバレは避けて、新鮮なリアクションを見たいのだろうという。


「まぁまぁ、食べてみてください」

「いただきます」


 一つ前の試作品よりも大きく口を開け、アップルパイへと齧り付く。一番食べてきたシンプルなアップルパイのパイ生地は何層かに重なっており、齧り付くと「サクサク」とした触感が楽しめるのだが、今口に含んだアップルパイは「サクッ」と薄い生地で中身が口いっぱいに入り込む。


「!?!?」


 博人も日菜子ちゃんも目を真ん丸に見開き、齧り付いた後のアップルパイに付いた断面を覗き込んだ。中にはゴロっとしたリンゴが所狭しと、隙間なく詰まっていた。大きければその分触感が残りリンゴ本来の「シャキシャキ」感を感じることが出来るのだろうが、そのゴロっとしたリンゴは「シャキシャキ」というよりも「ホクホク」とした触感を残し、例えるならお芋みたいな触感であった。

 予想だにし得なかった触感もさることながら、味も想像の裏をかかれた。アップルパイはリンゴの甘み、酸味が主であり、その中で甘みを強くしたり酸味を効かせてみたりと工夫する物だと思い込んでいた。

 初めに舌を触った味覚はまさかの塩味である。所謂あまじょっぱいと呼ばれるジャンルで更に度肝を抜かれた。


「驚いたかな?」


 洋子さんの問いに博人も日菜子も、首をコクコクと上下に揺らし頷くことしか出来ない。続けて洋子は美味しいかと問おうとしたがその口を閉じた。

 彼らが頷くことしか出来なかったのは驚きに思考が持ってかれただけではない。口パンパンにアップルパイを含んで頬をリスのように膨らましていたからである。


「ふぉいふぃれふ!」

「口の中がなくなってからで大丈夫だよ日菜子ちゃん」

「…んぐ。美味しいです洋子さん!ホクホクのリンゴなんて初めて食べました!すっごい蜜?ソース?を含んでいてとっても美味しいです!…はむ」


 商品として出すために小さいものではなく、それなりに大きな商品サイズにも関わらず2つ目もぺろりと平らげた博人と日菜子。よく食べるなーと思いつつ、嬉しそうに最後まで食す姿は作っている側としてはやはり嬉しいものがあった。


「あのー2人ともあと一つあるけど食べられるかな?」


 気が付かないだけで無理しているのではないかと心配する洋子。念のため博人と日菜子ちゃんに胃の容量が空いているか聞いてみると――


「「勿論です!!」」


 頼もしい返事が即座に返ってきてその心配は杞憂に終わった。寧ろ早く次を食べたいという気持ちが、アップルパイを見つめる目を通して伝わりおかしくて笑ってしまう。


「ふふふ、じゃあ最後の味見お願いしますね?」


 空になったカップに新たな紅茶を注ぎながら微笑んだ。


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