第47話 学校行事?


「なんだろう、この紙?」


 リモートワークでの仕事を終えた午前一時。外はとうに暗闇に染まり、時計の針の音だけが木霊していた。小腹が空いたため何か食べようとリビングへでやると、机の上に幾ばかの手紙が置かれていた。


「あぁ、学校のやつか」


 春休みを挟んだため頭から抜け落ちていたが、日菜子ちゃんと直接会話できない時はこのように目に見えるところへ手紙を置いていたことを思い出した。


「授業参観…」


 博人の目に留まったのは授業参観と書いてある一枚の手紙だった。その授業参観の手紙には既に鉛筆で「不参加」のほうにチェックが入れられており、あとは保護者の印鑑を残すのみだった。


そうか


 言葉には出さないが博人には心当たりがいくつかあった。一つ目は日菜子ちゃんが家に来る前は元々片親で仕事に追われ授業参観に出ることが出来なかったであろうこと。二つ目は僕の仕事の多さや、親代わりの僕に対して遠慮していること。三つ目は当たり前のように授業参観は来ないと日菜子ちゃんが思っていること。


「5月の8日か…いけるな」


 授業参観日までおおよそ2週間ほどの猶予があった。勿論リモートワークになってから時間が取れるようになったものの仕事が忙しい事には変わりない。でも――それでも授業参観には保護者として行くべきだと博人は強く思った。

 初めの頃は母親が来なくて悲しい思いをしたかもしれない、今は諦めて不参加にチェックを入れているが心のどこかでは参加して欲しいと願っているかもしれない。

 もしかしたら、博人が来ることを恥ずかしく思い拒否する事だってありえる。その時は授業参観には参加せず家にいればいいだけのこと、今から調節し休みを取るくらいはやらなければならないと強く思い、再度自室のパソコンの前へ座った。


「うっし…亮太は――うん、当たり前のようにログイン中か。今日は有難い」


 同期の心配もそこそこに、気合を入れなおし仕事に励んだ。なに、泊まり込みの徹夜で仕事をするのなんて職場でやるか家でこなすかの些細な違いだ。自分なら余裕でこなせると社畜さんの本気を見せつけるかのように、朝日が昇っても気にせず打ち込んだ。


「ふぁー、あれ?おじさん?お仕事かな?手紙は――まだ見てないか」


 この頃はおじさんが朝必ずいて、家を出るときには「気を付けてね」と声を掛けてくれるのだが、部屋にこもるおじさんを見て首を傾げた。きっと忙しい時期なのだから邪魔しないでおこうと配慮し、静かに家を出たのだが心配する気持ちは拭えなかった。


「ただいまー、あれ?」


 帰ってきても何も返事が返ってこないことに訝しみ、部屋を覗き込むと寝ているおじさんの姿が日菜子の目に映った。一応休憩は取っているのだと安堵したが、机の上に置かれた手紙に手を付けていないところを見て、無理をしているのではないかとやはり不安は拭いきれなかった。


「洋子さんに相談しよう」


 きっと自分の知らぬところで無理をしているのだ!と拭えぬ不安から心配が募り、お姉ちゃん的存在であり、相談しやすい洋子さんに連絡を飛ばした。杞憂である事も念頭に置いて、すぐさま来て欲しいといった内容ではないのだがその内容には隠し切れぬ不安が入り混じっていた。


 洋子さんのことだからいい返事が返ってくると期待して待っていたのだが、意外な事に今回は大丈夫。家の手伝いをしてあげてねというアドバイスで増々困惑した。

 しかし、洋子さんのいう事だからと渋々納得し家事をこなすもやはり拭えぬ不安は残り続けていた。


 何を隠そう、洋子に先手を打ったのは博人で洋子にはメールで事情を説明していた。日菜子ちゃんには家にいるし落ち着いたら話そうと思い連絡していなかったのだが、日菜子ちゃんのことを不安がらせているだなんて一ミリも考えが及んでいなかった。


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