第44話 新学期(2)


「そうだ2人とも、今度の休みはどこに行こうか」


 あの時のような社畜とまでは行かなくとも、基本休日を取っていない博人だったが、稀の休みを日菜子ちゃんと過ごしたり、洋子さんとデートに行ったり、3人で遊んだりなど2人のために使っている。

 ローテーションなどを組んでなるべく均等に休みを使ってあげたいのだが、洋子さんと博人は社会人のためどうしても平日に休日を被らせるほうが簡単で、なるべく日菜子ちゃんのために使えるよう調整していた。


「雄大さんのところに行ってみたいです!」

「え?もしかして酒屋?」

「日菜子ちゃんに酒屋かー、いいと思うけれど面白くないと思うよ?」

「あ、そうですか。頂いたジュースが美味しかったので…。遅くなちゃったけれどお礼も言えてないですし」

「あー、そうか。んーじゃあ雄大に聞いてみるよ。酒屋だけじゃなくて買い物も行こうか」

「あっ、いいですね!」

「はい!おじさんありがとうございます!」


 2か月くらい前のパーティーで飲んだジュースが印象に残っているのだろう。いつか行ってみたいと口に出していたから覚えていてもおかしくはない。だとしても中学3年生でお礼がしたいから遊ぶところではなく酒屋に行きたいと言える子が果たしてどれほどいるだろうか。

 相変わらずの日菜子ちゃんだが、誇らしさを感じている部分もある。感謝の気持ちを持てる。当たり前のことだがそれが軽々と実践できる子であり自分のことのように嬉しく、鼻が高い。


「それにしてもお酒かー、やっぱりお酒って美味しんですか?」


 大勢の大人が美味しそうに飲んでいたお酒に興味を持つ日菜子ちゃん。子供の大人への憧れや、本当に美味しいのかという疑問からお酒というジャンルが気になるのはある種自然な事であろう。しかし、博人と洋子は返答に戸惑った。雄大がパーティーの時に持ってきてくれたお酒は美味しかった。それは間違いない。ただ、全てのお酒が美味しいかと問われればそんなことはないのである。


「う、うーん?」

「美味しいは美味しいんだけどねー」


 中々答えを出せぬ大人二名にますます興味を示す日菜子ちゃん。大人びた考えを持つ彼女でもまだまだ心は子供だ。「どうして美味しいとすぐに断言できない飲み物を欲するのだろう」とアルコールを知らぬ子供らしい興味の示し方であった。


「美味しいものは美味しいのだけれど、やっぱり好みとかあるからなー。後は酔った時の場が楽しいから飲んでいるというかなんというか」

「慣れないうちは美味しく感じないかも!日菜子ちゃんが大人になったら色々連れて行ってあげるからそこで日菜子ちゃんの好みのお酒を探しましょ!」

「うーん、そうなんですねー。でも匂い的に私はお酒が好きになれなさそうです…」

「そこも慣れが大きいかな?まぁ20超えたら一緒にね?」

「はい!」


 「こんなところが美味しいんだよ」という大人の触れ込みがなく、お酒に対して興味が薄れたのかそれ以上深く聞いてこなかった。


「そうだ、雄大の親御さんにアップルパイの手土産持っていこうかな」

「店員の私が言うのもあれですけど、雄大さんの持ってきてくれたお酒にとっても合うお菓子なのでありだと思います!」

「じゃあ買いに――行く前に、雄大に確認しないと」

「私は夕ご飯の支度をしていますね」

「洋子さん!手伝います」

「ふふふ、ありがとう日菜子ちゃん一緒に作ろうか。何食べたい?」

「ハンバーグが食べたいです!」

「よし、決定!大きいの作ろう!」

「やったー!」


理想の家族像ともいえる暖かな関係で始まった。きっとこれからの一年間は騒がしくも賑やかで楽しいものになるのだと博人は確信していた。完全な仕事人間から別れを告げ、新たな博人として我が家は新学期を迎えたのであった。


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