第43話 新学期


新学期


 冬の厳しい寒さから一変、春の暖かな陽気に包まれ、道に咲く桜の花びらは新たな道へと進む若者を祝福するかのように満開であった。

「行ってきます!」

「行ってらっしゃいー」


 春休みで長らく学校に足を運んでいなかった日菜子ちゃんの表情は、新たな学年への期待と不安が入り混じった顔をしていた。

 朝起きる時間はいつもより早く、髪や学校に行くための準備も多くとっており、行動からも緊張している様子は伝わってきていた。


「さてと、やりますか」


 博人に春休みはなくリモートワークに勤しんでいいたため別段変化といった変化はない。――なんてことはない。会社勤めの博人を知っている者は仕事の鬼である博人が普通の社会人として生活している。社畜ではない。という変化に腰を抜かすだろう。受験を控える日菜子ちゃんのサポートを全力でしたい、彼女である洋子さんとの時間を作りたいといった思いが博人の生活を一変させていた。


ピンポーン


 玄関のチャイムが鳴る。一応確認のため席を立つが予想道理の人物が扉を開ける前に部屋の中へと入ってきた。


「お邪魔します博人さん!」

「いらっしゃい洋子さん」


 仕事で家を空けることが出来ない博人のために暇を見つけては洋子さんが家に来てくれるようになっていた。勿論洋子さんにも【あみりんご】という大切な仕事があるため頻繁には来られないのだが、それでも彼氏との時間をつくるためこうして足蹴く博人の家に通う姿が見かけられていた。


「お仕事は終わりました?」

「あとちょっとなので待っていてもらえますか?」

「わかりました!」


 洋子さんが来て仕事が終わっているという状況は先ずない。その理由は博人の仕事の仕方に工夫があった。それは洋子さんが来てから休憩をとる、といったものである。洋子さんが来ることは事前にメールで知っているため、洋子さんがくるまでずっと仕事をしている。

ただそれだけである。


 それをすることで休憩時間を全て洋子さんに当てられという簡単な理屈なのだが、実践できるのは流石元社畜といったところであろうか。


「ふぅ、お待たせしました」

「お疲れ様です!紅茶入れましたよ」

「おぉ、ありがとうございます」


 仕事が終われば洋子さんとは日菜子ちゃんが帰ってくるまで基本お話をしている。


「これ、新作なんです!」

「うわぁー楽しみです!!」


 このようにたまに【あみりんご】の新作や試作を持ってきてくれたり、差し入れのアップルパイを持ってきてくれたりする。手土産に期待するのもどうかとは思うが大好きなアップルパイを持ってきてくれた時は気分が上がってしまう。


 ましてや試作なんて一般のお客では口にすることが出来ないレア商品なのだ。常連目線は有難いという洋子さんと、お母様のお墨付きも頂いてwin-winだからといって持ってきてくれるのだがそこまで舌が肥えているわけでもないので申し訳なさは残る。


「これも美味しいです…でも、もっと甘いかと思っていました。」

「わかっちゃいましたか流石博人さんですね」

「?」

「女性でも気兼ねなく食べられるように砂糖は控えめなんです」

「えぇ!?それでこんなに甘くなるんですか?」

「そうなんです、でも博人さんに気付かれちゃいましたね。まだまだ伸びしろはありそうです」

「いやいや、ほんとにちょっとだけ思っただけですよ?」

「ふふふ、そこは頑張りましたから」


 時折見せる【あみりんご】の商品を自慢する姿はとても可愛らしい。ありえないが例え美味しくないアップルパイを持ってきても褒めてしまいそうだ。


「ただいまー、あっ、洋子さん!来ていたんですね」

「お邪魔しています日菜子ちゃん」


 遊園地の一件から日菜子ちゃんと洋子さんは姉妹のように仲良くなり、洋子さんが家に遊びに来ていると博人と同じくらい喜んでいた。日菜子ちゃんは洋子さんをお姉ちゃんみたいと評し、洋子さんは日菜子ちゃんにこんな妹が欲しいと口癖のように言っている姿を見るのでほんとに仲のいい姉妹だなと錯覚してしまいそうだった。


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