第40話 遊園地(6)
「僕は――」
決心が固まったくせに言葉に詰まる僕に嫌気がさす。観覧車は待ってくれない、既に観覧車は下りに差し掛かっており十分な時間が無い、故にどんどん焦りが募り悪循環となりうまく言葉が出てこなくなってしまう。
「ゆっくりでいいんです。博人さんの本心を聞かせてください」
震える手を包み込む優しく温かな手、しかし彼女の手もまた震えていた。僕が悩んでいることと同じくらい、いやそれ以上に彼女も勇気を出してこの話題を出したに違いない。だからこそ頼りない僕ではだめなのだ
「僕も洋子さんが好きです。でも、僕がご迷惑をお掛けするばかりで――付き合えばもっとご迷惑をお掛けするかもしれません。僕は洋子さんに幸せになって欲しい、だから僕じゃダメなんです」
頬を伝う生温い水滴。自分の幸せを考えれば、両想いになっていたなんてしれて小躍りしたいくらい嬉しかった。付き合うことが出来るならこれ以上ない幸福だろう。でも、相手の幸せも考えたらどうだろうか
多忙な仕事に会えない日々、今は空いた時間や休日は子供の日菜子ちゃんに使ってあげたい。2人きりでデートなんて考えたら月に1回あるかどうか――旅行まで幅を広げれば行けるかどうかすらわからない。
「そうですか」
「はい――ごめんなさい」
呆れられただろうか、がっかりさせただろうか、もしかしたら嫌いになられたかもしれない。それでも決心したのだ、どんな回答でも受け入れるつもりだ。
「迷惑って何ですか?」
「え?」
「会えないことが迷惑ですか?時間を作るのが難しいことが迷惑ですか?倒れた博人さんを看病することが迷惑ですか?」
「はい…」
返す言葉もなかった
「私は迷惑だなんて思ったことは一度もないのに?」
グッと心が痛んだ。僕が言っているのはただの押し付けだ、洋子さんにとっては迷惑ではないのかもしれない。確かに本人の意思を尊重することは大切だ、でも、それでも僕にとって迷惑を掛けていることに違いはない
「私は、博人さんといると楽しいです。ずっと一緒にいたいです。仕事をしている博人さんは素敵です、だから支えてあげたい。日菜子ちゃんだって私はもっと仲良くしたいです、妹のように思っています。」
黙って洋子さんの言葉に耳を傾ける
「それは博人さんにとって迷惑なことなのでしょうか?」
「そんなこと!」
あるはずもない、思わず立ち上がり大声を上げてしまう
「会えない時は寂しいかもしれません、優先順位が下だと悲しいかもしれません、それでも私は博人さんの隣にいたいです。迷惑を掛けるといった考えではなく、互いに支え合う。そんな関係になりたいと思っています。」
「こんな僕でいいのでしょうか…」
「あなたが良いのです、博人さんじゃなきゃ嫌なのです」
拭った涙は尚止めどなく溢れ出る。嬉しさを表すように、思いを引っ張られるかのように。最早自分で制御することは叶わなかった。
「決心したつもりだったのですが、涙が止まらないです。自分の気持ちに嘘を付いてでも止められそうにありませんでした。僕は洋子さんが好きです、焦燥しきった僕をあの笑顔、あのアップルパイを頂いたときから救ってくれたあなたが。障害が多いかもしれません、それでも僕とお付き合いしていただけませんか?」
「はいっ!」
洋子さんの手を引き、ギュッと抱き寄せる。この温もりを手放すまいと固く、それでいて優しく、壊れものを包み込むかのように。僕はどれだけこの人に救われるのだろうか
初めは【あみりんご】で出会った普通の客と店員。彼氏と彼女に変わるまで思い返せば多くの場所で支えられてきたか――きっとこれからも洋子さんには支えられることの方が多いのだろう、でも、絶対に僕が彼女を幸せに、ともに幸せになるのだと心から誓った。この気持ちに嘘は入っていない、日菜子ちゃんを引き取った時と同じように、これだけは絶対に破らぬとそう誓った。
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