第33話 お説教
「さてと、落ち着きましたか?」
「はい、どうして洋子さんが家にいるのか聞かせてくれますか?」
亮太という大きな穴が抜けた状態で大量の仕事をこなした博人の元に突如現れ、身体に優しい料理を作ってくれた洋子さん。頭が回っていないままあれよあれよという間にお世話をされ、ようやく思考も理解も落ち着いた。
「私が来たのは日菜子ちゃんに相談されたからなんですよ」
「日菜子ちゃんに?」
予想だにしなかった回答に困惑しながら日菜子ちゃんを見やると、照れたような、申し訳ないような表情を浮かべ身体を縮こませていた。
「ごめんなさいおじさん。急に静かになったから様子を見に部屋を覗き込んだら亮太さんからのメールが目に入って。それで、何か私にできることが無いかと思って洋子さんに相談したんです。」
「まともな食事をとってなかったと聞いたので、買い物に行ってこちらでご飯を作ったという訳です!」
「な、なるほど。洋子さん、そして日菜子ちゃん、ほんとに有難うございました」
2人に向かって深々と頭を下げた。
「いえいえ、お礼は日菜子ちゃんに」
「そんな、洋子さんにお願いします!」
「ぷっ」
「「ははははは」」
いえいえと今度は洋子さんと日菜子ちゃんが頭を下げ謙遜合戦をはじめ、数度ラリーを繰り返した後そのやり取りに笑っていた。釣られて僕も笑ってしまう。
「よし、あんまり長居しても迷惑だから私はもう帰ります!っとストップ!博人さんはもう寝てください!日菜子ちゃんもいつでも頼ってね!すぐ駆け付けちゃうんだから」
用は済んだとばかりに早々と帰りの支度を始める洋子。それを見た博人は送らねばと思い立ち上がるが先に釘を刺された。あっという間に「お邪魔しましたー!」と帰っていく洋子、そんなに気を遣わなくてもという思いと有難い思いが拮抗していたが、立ち上がると本調子ではないことが自分でも分かった。ここはお言葉に甘えようと玄関先で見送りリビングへと足を戻す。
「おじさんはもう寝てください、後は私がやっておきますから」
「いや、洗い物くらいはするよ、そこまで迷惑はかけられないよ」
「おじさん足元がふらついてますよ?ちゃんとやっておくので部屋で寝てください」
どうやら傍から見れば本調子どころか、まともに歩くことすらできていないようで中学2年生の日菜子ちゃんに説教をされてしまった。こんな大人で申し訳ないなと情けなさを抱きつつベッドに潜ると何も考えることが出来なくなり意識を飛ばすかのように眠りについたのだった。
「ふぁーあ、よく寝た。今何時だ?」
「おじさんおはようございます、よく寝てましたね」
「おはよう日菜子ちゃん、今何時かわかる?」
「7時ですよ?」
「19時かーこんなに明るかったっけ?」
「朝の7時ですよ」
「もしかして昨日のお昼過ぎからずっと――「寝てました」」
ツーと冷たい汗が頬を流れる
「やばい仕事しなきゃ!」
今の時刻がどうとかではない、感覚的には大寝坊をしでかした気分だ。飛び上がるようにベッドからでてデスクの前に腰を下ろす。すぐさま仕事を再開しようとファイルを開くが仕事がなくなっていた。
昨日まであった仕事が何故…?拙い拙い!
冷や汗に続いて吐き気、焦り、不安が止まることなく身体や思考を支配していく。
「おじさーん?ってなんでパソコンの前にいるんですか?」
「え?」
「亮太さんに仕事を渡して終わったじゃないですか!それに今日は休みだって」
ガチャガチャ――ターン!
無意識のうちにパソコンを強くたたきエンターキーを面白おかしく鳴らす中高生の遊びみたいな音が鳴る。しかし、博人は焦りからそんな些細な事を気にする余裕なんてなかった。昨日送られてきたメールをすぐさま確認する。
――
博人へ
すまん!マジで助かった!もう復帰したからその仕事送ってくれ!そして送ったら休んでくれ!今度博人にも日菜子ちゃんにもお礼はする!とりあえず明日は休めるように手配したからゆっくりしてくれ!ほんとにごめん!
亮太
――
亮太からのメールだった。そこには日菜子ちゃんの言う通り仕事を送ったこと、今日が休みになっていることが書かれてあり、今まで送った人生の中で一番大きな安堵のため息を漏らし脱力、全身の力が抜けるとともにやり切ったことに対する高揚感が身体を包み込んだ。
「覚えてなかったんですか?」
日菜子ちゃんの冷たい視線が僕に突き刺さる。昨日は疲れてて食事も洋子さんが来たのも全部夢のようだったというか、身体がふわふわしてよく覚えていないというか――はい、ごめんなさい言い訳はしません。
しっかり者の大人びた中学生の日菜子ちゃん。しっかりした正論の説教は大人のおじさんでも震え上がりました。
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