第32話 光


 微休止を繰り返しながら仕事をすること6日、だと思う。はっきりと何日経ったのか覚えていない。あと少し、あと少しを繰り返し唱え仕事をするところにまたしても一通のメールが届く。亮太からだった。


――

博人へ


すまん!マジで助かった!もう復帰したからその仕事送ってくれ!そして送ったら休んでくれ!今度博人にも日菜子ちゃんにもお礼はする!とりあえず明日は休めるように手配したからゆっくりしてくれ!ほんとにごめん!

亮太

――


吉報だった。


 正直、徹夜、休憩ほとんどなし、終わりがわからない状況に思考がネガティブになっており、博人の脳内は入院時期が延びたのでは?後輩の誰かが倒れて穴が増えたのでは?と良くない方向に考えてしまいメールを開くのに勇気が必要だった。


「お、おわった~」


 メールの内容に安堵し仕事を亮太の元へ送り机へと突っ伏した。起き上がる気力も体力もなくそのまま夢の国へと誘われ抵抗することなく付いていくのだった。


「…――さn!…――さん!…ろとさん!博人さん!!」


 誰かに呼ばれている気がして眠りから目が覚める。パソコンのデスクに映った時計を見るとおよそ2時間が経過していた。ずっと座っていたのも、寝ている態勢もよくなかったのだろう身体はバキバキでちょっと動かすだけで骨が鳴る音が部屋に響いた。


「おはようございます!寝かせてあげたかったんですけど、その態勢だと逆に疲れるかなと思って起こさせていただきました」

「あぁ、すみません洋子さんありがとうござ――洋子さん!?」

「はい!洋子です!」

 

 声の主は日菜子ちゃんではなく洋子さんであった。一瞬ごく当たり前に返事をしてしまったが声を出していくうちに頭が覚醒してありえない状況に思考が固まった。


「ど、どうして洋子さんが家に?」

「それはご飯食べながら話しましょう、こっちです」


 手を引かれリビングへ足を運ぶと温かな料理が机の上に並んでいた。どれも美味しそうだが如何せん食欲が湧かない、申し訳なさを感じつつも一旦席に着くことに。


「あっ、おじさんおはようございます!」

「う…ん?おはよう日菜子ちゃん。学校は?」

「今日は土曜ですよ、もう、早く座ってください!」


 寝る前に見た窓から差し込む光は朝を伝える合図だと記憶していたため家に日菜子ちゃんがいるのはおかしいと無意識的に思い言葉に出したのだが、土曜であると一蹴され席へ座らされた。


「日菜子ちゃんとの合作です!どうぞ召し上がってください」


 食欲なんて全くないと思っていたのだが、人間の身体は不思議なもので目の前の美味しそうな匂いに誘われ「ぐー」とお腹の中に潜む獣が声を上げた。


「いただきます」


 体は反応しても脳が飯を欲していなかった。しかし、「食べろ」と圧をかけ見つめる2人を目の前に食べないなんて選択肢はなくスープに口を付けた。


 優しい。パッと脳内に出た言葉は優しさだった。正直味なんて殆どわからない、身体の機能が低下していて味覚にまで及ぼしているのか自分でもわからないが感じ取ることが出来なかった。しかし、喉を伝わる熱は全身に染みわたっていっていることはわかった。

 そして、次第に身体も慣れ味を感じるように。よくよく味わってみると野菜本来の甘みに仄かに塩味が足され飲みやすいく、美味しいスープだとわかる。


「うん、とっても美味しいです」

「いぇーい!」パン!


 ハイタッチを交わす日菜子ちゃんと洋子さん。確か合作料理だと言っていたはず、僕の反応を見て喜ぶという事は僕のために作ってくれたのだろう。味云々の前にその行動が嬉しかった。

そして、スープでないと思っていた食欲を取り戻した博人は、小さなおにぎり、ほうれん草の和え物、大根の漬物と並んだ料理を完食し心もお腹も満たされた。


「全部凄く美味しかったです!」


 小さく握られたおにぎりは綺麗な三角形を形成しており、中にたらこや昆布が入っていて美味しいだけでなく楽しさまで詰まっているおにぎりで食べれないと思っていた量をペロリと平らげてしまった。ほうれん草の和え物は他の料理よりも塩味が効いていて食欲をそそった、箸休めの大根の漬物もとても美味しく箸が休まらなかった。


「やったね日菜子ちゃん!」

「はい!ありがとうございます洋子さん!」

「あっ、すみません。お話があったんですよね?」

「ふふふ、夢中でしたもんね」

「もう、おじさんやっぱり無理してたんですね、身体は嘘を付かないです」


 あまりにも美味しい料理の数々に夢中になって食べたことと、日菜子ちゃんに虚勢を張っていたことがバレバレの2重で恥ずかしかった。

 

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