第31話 大穴
楽しいパーティが終わって休日を挟んだ後の日常。未だ吹き付ける風は冷たく、カイロやマフラーといった防寒具は手放すことが出来ていない3月上旬。外の冷気は家の中にまで猛威を振るい暖房器具が無ければ手がかじかみ仕事にならない、そんな中博人はいつも以上に仕事に追われていた。
「おじさん大丈夫ですか?ちゃんと寝てます?」
「これ、終わったら、ちょっと寝るよ。心配ありがとう」
「頼まれてた栄養ドリンクと携帯食置いておきますね。これだけだと心配なので作ったスープも台所にあります」
「何から何までありがとう」
「これしか私には出来ませんから」
仮眠は取っているものの、日菜子ちゃんが家で活動している時間帯は起きて仕事をする姿しか見せていない為、このように心配をかけることが多々あるのだが仕事を辞めることが出来ない理由があった。
お礼も早々に仕事の手は休めない。資料を読み込んでいる最中に栄養ドリンクと携帯食を流し込み邪魔にならないところへ置いておく、今はゴミ箱に捨てに行く時間も惜しいとばかりにパソコンの前から動かない。
ようやく仮眠が取れた時間は日菜子ちゃんが部屋に来てから1時間が経とうとしていた。携帯のアラームを30分に設定しベッドへ気絶するように眠る。まるで日菜子ちゃんが来る前の大社畜時代に戻った、いや、それ以上に働く博人にはとある事情があった。
それは数日前に遡る。
~3日前~
いつものようにリモートワークに勤しむ博人の元に一通のメールが届いた。メールの送り主は島田恵子、いつも間延びした話し方でおっとりととした印象を受ける彼女だが仕事速さは勿論理解力のある恵子は雄大、音羽、恵子の3人の中で一番相談事が多い。細かな事に気が付き、解決しないと気が済まないタイプなのか事あるごとに相談してくるのだ。
教育係の自分としては意欲的な後輩に好意的な思いを寄せていた。今回のメールもきっと仕事に関する相談事だろと思い軽い気持ちでメールを開いた。
「えっーと、亮太が過労で倒れ入院中――入院!?亮太が請け負っている仕事を僕に回すから指示が欲しい。ま、マジか」
「おじさん?どうかしました!?」
亮太が倒れることは年に数度あった事なので今更驚いたりはしないのだが、いつもは仮眠室に寝かせた後帰らせていたので大事には至っていなかった。そう、病院のお世話になっている亮太は初めてのことだったのだ。
「亮太が入院したみたいで」
「亮太さんが!?大丈夫なんですか?」
「うん、命に係わるとかではないらしいんだけど、入院中は仕事全部取り上げられたみたいだから、しわ寄せがおじさんに回ってくるね」
「じゃあもしかしてほんとにピンチな状態なのはおじさん」
「かもしれないね」
常に忙しく働いている博人や亮太であったが、その中でも括りがあるのだ。わかりにくいが「働いてる時期」と「働かなくてはいけない時期」があり、いつも亮太がぶっ倒れているのは前者の方で、亮太という大きな戦力が居なくなっても何とかなってきた。察しの良い日菜子ちゃんはすぐに気が付いたのだが、今回倒れた時期は後者「働かなくてはいけない時期」なのでその忙しさは想像を絶する。そして抜けた亮太という大穴を今の働いているメンツで埋めなくてはならないのだ。
「日菜子ちゃん、申し訳ないんだけどしばらくご飯とかは一人でお願いできるかな?」
「学校はほとんどないので大丈夫です!それよりも私に手伝えることはありますか?」
「ううん、気持ちだけ有難く貰っておくよ。家の事してくれるだけで大助かりなんだ、多分亮太が返ってくるまでの一週間だろうからそれまで悪いけどよろしくね」
「はい、おじさんも無理はしないでくださいね!」
「うん、気を付けるよ。」
こんなこと子供にお願いしてはいけないとわかりつつも、今打てる手段がこれしかなかった。心苦しさはあったが大人びた日菜子ちゃんなら一週間なら大丈夫だろうという信頼している部分もあった。
そして、その時にした日菜子ちゃんとのやり取りを境に地獄が待ち構えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます