第30話 隣には

「すみません洋子さん、最後まで手伝わせてしまって」

「いえいえ、私がしたかったことなので」


 パーティの終わった後、実は洋子さんだけ残って最後の手伝いをしてくれていた。勿論、後輩達と同様にこちらは良いからと帰らせようとしたのだが、最後までお手伝いがしたいと上目遣いで懇願された洋子さんに僕が耐えられるはずもなくお言葉に甘えてしまっている状態である。


「このゴミ袋はどこに置きます?」

「それは朝出すので玄関先に纏めて置いておいてもらってもいいですか?」

「はーい」


 ゴミを纏め、机や床を掃除。台所で作ったスープの鍋やフライパンを洗い終え、最後に出した机を仕舞った。


「これで、終わりっと。ありがとうございます洋子さん、予想よりも大分早く終わりました。」

「へへへ、それなら良かったです」


 一時間はかからないで終わるかなと予想していた博人が時計を見やると、30分程度しか経っていなかった。寝ようとしている日菜子ちゃんを起こすような音を立てたくなかった博人は洋子さんに改めて感謝の言葉を送る。


「それじゃあ私も帰りますね」

「送ってきます!」

「そ、そんな、悪いですよ。」

「外は真っ暗ですから女性一人だと危ないです。それにお礼も込めて送らせてください」


 片付けとは反対の立場をとった博人。少々ずるい声掛けだが功を奏し洋子さんが折れた。


「そう言われたらずるいです。でもありがとうございます。」

「いえいえ、外は寒いので風邪ひかないようちゃんと着込んでくださいね。あっ、カイロ使います?」

「大丈夫です!たくさん持っているので!!と言ってもお母さんが持たせてくれたもので私が用意したものじゃないのですけれど――ともかくカイロは沢山あるのでお気遣いだけ頂いておきます!」


 外は当然のように寒さを増し、防寒具なしでは耐えられようもない。唯一風が穏やかな事が幸いし痛みを伴う寒さではないが、それでも手は悴み歯を打ち付けるような寒さに違いはなかった。


「あのワイン美味しかったですね」

「ですね、今度雄大の両親が営むお店に行ってみたいですね」

「その時は私も連れて行ってください」

「みんなで行きましょうか、今日のお礼も兼ねて」

「いいですね!あっ、それだと日菜子ちゃんは楽しくないかも」

「あー確かに、中学生から見たら全く面白くないかもですね」

「雄大さんの酒屋だけじゃなくて、他の買い物とか込みのお出かけだったらどうでしょうか?」

「それならいいかもしれませんね!日菜子ちゃんにも相談してまた決めましょう」

「ふふふ、そうしましょうか」


 パーティの思い出を振り返るように言葉を交わす2人。甘い雰囲気は流れないものの、一緒に話しているだけで心地よかった。


「【あみりんご】のアップルパイを食べたときに出た皆の顔、嬉しかったなー。日菜子ちゃんも目を輝かせて可愛かったです」

「ははは、皆【あみりんご】のファンですから」

「それは博人さんも?」

「勿論ですよ、あの中ならファン第一号です。これだけは譲りません」

「目の前でそんな直球で言われるとそれはそれで照れちゃいますね」

「事実ですから!新作も楽しみにしてます!」

「こ、これはもしかして新作の催促ですかね?ふふふ、ご期待に応えて普通のアップルパイが3日は喉を通らない程に美味しいアップルパイを作らねばなりませんね」

「それは困るような、嬉しいような、食べてみたいような。いや、普通に楽しみですね!【あみりんご】なら何作っても美味しいアップルパイを作ってくれると信じてますし、新作楽しみに待ってますね!」

「うぇ!?そんな返事が来るとは」

「ふふふ」「ははは」


「「あはははは」」


 洋子さんと話している間は基本笑顔が絶えることが無い。この時を永遠に――なんて思ったことは一度や二度ではない。これはもう洋子さんが好きという気持ちがどこかにあるのだろう、隠しようもない事実で自分の気持ちに嘘を付くつもりはない。ただ、年齢差、日菜子ちゃんのこと、仕事のことで頭がいっぱいで告白しようだのという気持ちは出来ていない。

 ただ、洋子さんが他の誰かと共に歩むその日まで、僕がその隣を歩いていたいな。と思う博人であった。

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