第29話 パーティ(5)
お酒が程よく回ったパーティ終盤、亮太含め後輩たちは博人の家に泊まる程迷惑はかけないつもりなのか、明らかに飲むペースを下げていた。その辺のさじ加減で羽目を外しそうな雄大が一番不安だったのだが、流石酒屋の倅。その心配は杞憂に終わり、顔が赤み掛かった位で呂律もはっきりしていた。
「それじゃデザート持ってくるね」
「待ってました!!」
いつだろうと待ちわびていた連中は我慢せず待ってましたと、声を上げる。博人が見つけたお店であるが例に漏れずここにいる全員が【あみりんご】のファンなのだ。店員である洋子はその様子を見て嬉しそうに微笑んでいた。
冷めたアップルパイを温め直し机へと持ち運ぶ。楽しみにしていた面々は机を綺麗にし、アップルパイと合うであろうワインを既に注いでおり早く食べたいという気持ちが行動に現れていた。
「大きさはバラバラにしてあるから、自分の胃の量と相談して取ってね。お代わりもあるから」
「じゃあ私は小さいの貰いますね」
「私は―大きいの頂いちゃいますー」
出されたアップルパイに手を伸ばす。お代わり分まであるから焦る必要なんて微塵もないのだが、つい気が急いて博人も皆に後れを取らぬよう手を伸ばした。
全員の手元にアップルパイがいきわたると、誰が合図したとかではないが一斉に口へ運んだ。
そして訪れる沈黙
口いっぱいにいれたアップルパイはこの場にいる全員に幸せを運んでいた。大きいアップルパイというのはファンからすると見ているだけでも幸せだ。食べてみると薄くスライスされたリンゴや、四角く切られたリンゴがパイの中に包まれており楽しい触感を演出している。シンプルなアップルパイは生地の表面に軽くシナモンが降りかかっていたのだが、大きなアップルパイはそれが無かった。代わりにバターの風味が強く、鼻を駆けるバターの香りが心地よい。味は皆の表情を見ればわかるように大満足である。
「うっま」
誰が発した言葉かはわからない。けれど、ワインを口に含んだ全員が同じ感想を抱いた。ワイン特有の苦みとアップルパイの濃厚な甘みが途轍もなく合うのだ、このワインはアップルパイと共に食べる為に生まれてきたのではないか?と思ってしまうほどその愛称は抜群だった。
気が付いたときにはお代わり分のアップルパイにまで手を伸ばし【あみりんご】で購入した大きなアップルパイ2つはファンのお腹の中に綺麗に仕舞われたのであった。
「うっ、やべ。美味すぎて食べ過ぎたっす」
「雄大じゃないけど私も食べ過ぎたわ」
「美味しいもので満たされて―幸せですー」
お腹を摩りながらもう食べられないアピールを起こす3人。ここぞとばかりに博人は人数分の温め直したスープを机に運んだ。
「「「あぁ~」」」
野菜と鳥ガラで煮込んだ優しいスープ。パーティのように脂っこい物、甘ったるい物、塩っ辛い物、お酒、と様々な料理の最後に飲む優しいスープは実家の母みたいな安心感を覚える。
「こ、これはずるいっす~」
「流石博人先輩ね、やられたわ」
「最高ですー」
みんなの反応から大成功の予感を察した博人と日菜子はハイタッチを交わし、とも笑いあった。
「はぁー楽しかった。んじゃそろそろお開きにすっか」
「ゴミはこっちでやるから置いといていいよ」
「あーすまんな博人、悪いけど頼むわ」
机に置いたままにしていいという意味だったのだが律儀な亮太はパーティで出たゴミを袋の中に纏め始めた。料理が出てくるたびに机を綺麗にしていたのでそこまで片す必要もなくものの数分で綺麗に片付いていた。
「今日はありがとうな」
「「「「ありがとうございました」」」」
亮太を筆頭に後輩ら4名は片付けを終えた後帰っていった。時刻は21時前、社会人とは思えない程健全な時間帯であったが彼らの気遣いなのであろう、日菜子ちゃんも慣れない人との接触に少し疲れが見えていたのが僕だけでなく全員が感じ取ったのだ。
「あとはやっておくから日菜子ちゃんはもう歯を磨いてきな」
「ふぁ~あ。ごめんなさい、よろしくお願いします」
緊張の糸が切れたようで何度もあくびを連発している。まどろんだ目は年相応の表情を表しており、とても可愛らしい。
博人の言葉に素直に従い、切のいいところで手を休め洗面所へ向かった。いつもはテキパキとこなす日菜子ちゃんも今日ばかりはゆったりとした足取りで寝る準備をこなしていく。ギャップというやつだろうか、普段しっかり者の子が見せる無防備な姿に庇護欲――いや、父性が芽生えたような感覚だ。
自分に対して無防備な姿を見せていいと判断してくれたことに嬉しく思った博人の手は知らずのうちに上機嫌に動いていた。
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