第23話 距離感


「ただいまー、あれ?おじさんまだ仕事中ですか?」

「日菜子ちゃんおかえり、あと少しで終わるからちょっと待っててね」

「はーい」


 通勤からリモートワークへと変わって数週間後、博人はリモートでの仕事に慣れ、日菜子は在宅で働く博人の姿に慣れつつあった。

 勿論初めの一週間は社畜さながらの仕事量をこなし、日菜子ちゃんを心配させてしまうという事件が起きたのだが、会社の誰かの計らいで自ら仕事を増やすことが出来なくなり、何日も徹夜で作業なんてことはしなくなった。

 代わりに家事に専念することが出来るのだったが、女の子の下着やらをおじさんが触れるわけにもいかず、洗濯を日菜子ちゃんそれ以外は博人で手が空いたらお手伝いをする。という分業を元々していたため特に変わりはない。


「ふー、終わった」

「お疲れ様です、おじさん」

「うん、ありがとー。」


 労いの言葉にお礼を言いながらグイっと背を伸ばす。骨が鳴る音が聞こえるのは長い間同じ体勢だったことを暗に示しており、ずっと仕事をしていたことが伺える。


「ごめんね、お腹空いたでしょう?今作るね」

「あっ、私も準備手伝います」


 学校から帰ってきてすぐにご飯?といつもなら疑問に感じる流れだが、今はちょっと状況が異なる。2月の後半ともなると学生に訪れるのは学期末テストである。故に4時間以上の授業を受けることはなく給食もない。その為家で食事をとっているという訳だ。


 博人は台所へ向かうと、予め頭の中で決めていた料理の食材を取り出し準備を始めた。今作ろうとしている物はバラエティベーコンという、小さいころ家で出てきた子供が喜ぶおかずである。バラエティベーコンとは母の造語であり「ベーコンのアスパラ巻」や「ベーコンのチーズ巻」といったベーコンの中に様々な具を詰めた料理である。

 このバラエティベーコンにはこれといった決まりはなく、2種類以上の具が入っていればバラエティベーコンと名乗っていい何とも曖昧な料理だったが食べるまで何が入っているのかわからない、というワクワク感が幼少期の博人の心を躍らせたことを今でも鮮明に覚えている。


 今回用意した食材は、アスパラ、ニンジン、チーズ、お餅。の4種類である。千切りにした人参と、チーズ、お餅はベーコンに隙間があると流れて行ってしまうため注意が必要である。市販の4~5枚入った短めのベーコンではなく、長めのベーコンを推奨したい。


「おじさん、パンとご飯どっちにしますか?」

「うーん、残ってるご飯は微妙な量だったしお昼はパンにしようか、日菜子ちゃんもそれでいいかな?」

「はい、大丈夫です。」


 炊飯器に入ってるご飯はお昼では完食できそうにないが、お昼にご飯を食べてしまえば夜足りなくなってしまうという人生に一度は経験したことのある微妙な残りだった。


ジュワッ!!


 油のひいたフライパンにベーコンを乗せると食欲のそそる匂いがあたりに巻き散らかる。少し遅めの昼ご飯のためか博人と日菜子ちゃんの鼻は無意識にベーコンへと集中していた。口の中で涎が生成されているのがわかるが、我慢して4種を2つずつ焼き切った。お皿には予めちぎっておいたレタスを敷いてあり、準備は万端である。


「お待たせー」

「「いただきます」」


 言わずとも2人は手を合わせる。日本人として当然のマナーである。


「そうだ日菜子ちゃんテストはどうだった?」

「大丈夫です!できたと思います!」

「おぉ、それは良かったよ」


 出会った当初のよそよそしさはどこへやら、今はすっかりと仲良くなり気軽に話が出来るような間柄である。傍から見たら仲のいい親子に見える――なんていうのは図々しいだろうか?少なくとも飯時に緊張感を覚えるような仲ではないはずだ


「今日でテストは終わりなので学校自体もそろそろ終わると思います」

「うん、了解。お小遣いちゃんと使ってる?お友達と遊びに行っていいんだからね」

「はい、その…春休みに遊びに誘われたので使わせてもらおうと思います」

「もう日菜子ちゃんに上げたものだから自由に使うと良いよ」

「はい!」


 お金の話になると流石にまだ遠慮の心が見え隠れするが、それでも素直に受け取ってくれるようになったのだから大きな進歩だろう。それに金銭感覚を狂わせるような上げ方はしていない。月数千円だ、生活に必要な物や学校に必要な物とは別途だから大丈夫、と思いたい。

 僕一人ではやらかすと思って母と洋子さんに確認を取ったから大丈夫なはずだ、2人を信じよう。


「今日は出かける予定はないのかな?」

「はい、特にないです!あっ、お買い物ですか?荷物持ち手伝います!」

「ははは、ありがとう助かるよ。それによりたいところもあったし」

「???」

「それはついてからのお楽しみかな。」

「知りたい…けど楽しみにしてますね」

「うん、楽しみにしてて。それじゃおじさんはこれ洗っちゃうから日菜子ちゃんは準備して待っててもらっていいかな?」

「わかりました!エコバックは一つでいいですかね?」

「僕も行くし2つ用意貰っていいかな?」

「はい!」


 おじいさんは山へ柴刈りに――という訳ではないが、おじさんは洗い物を、日菜子ちゃんは出かける用意をするためそれぞれ動き出した。

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