第22話 安堵


「あぁぁ良かったっす!俺マジで泣くかと思いました。」

「グスッ、日菜子ちゃんも博人さんも大変だったんですね。」

「あ、博人先輩私今度お家行っていいですかー?恩返しも兼ねて晩御飯作りに行きますよー!」

「ちょ、ちょっと恵子!博人先輩にご迷惑でしょ!」

「お手伝いしたいだけですからー。じゃあ音羽ちゃんは博人先輩の仕事面でサポートしてあげてくださいねー。私は身の回りのサポートをするのでー」

「わ、私も晩御飯とか作りに行くもん!」

「よ、よかった、博人さんいなかったら戦力激減だからな。ほんとに、ほんとによかった」


 博人が会社を辞めない事実が判明し、今にも怒り、泣き出しそうな雰囲気から一変、いつもの休憩時間のように和気あいあいとしたムードが返ってきた。若干一名を除いて。

「おーい雄大、さっきはよく言ってくれたなー!」

「ん?あっ、亮太先輩!?」

「俺には恩が無いってかー?そうかそうか?」

「い、いや、これは違くて!あのーそのーちょ、やめてくださいっす!」

「問答無用―!」

「ギャー!パワハラっす!」


 殴りつける――ではなかった、実際問題拳で部下を殴りつけてしまうと裁判沙汰のパワハラになりかねない。その点の配慮(?)は出来ていたが僕の同期亮太は、自身の抱えている仕事を雄大に送り付けた。その仕事はまだ少ししか手を付けていないかなり面倒くさい案件だった。亮太ろ博人が口をそろえて面倒だと断言した案件を送るあたり相当怒りを覚えたのだろう。引継ぎ資料も同時に送っていたところに最後の良心が見えたが、それを差し引いても鬼だった。


「ってこれめちゃくちゃ大変案件じゃないっすか!?鬼!鬼畜!悪魔!亮太先輩!!」

「ほーん、俺は鬼や悪魔と同列かー。お前らが仕事に慣れるまで俺と博人で会社に泊まってまで引き受けてやったのになー。そうかそうか鬼なのか」

「い、いや。これは言葉のあやというかなんというかー、鬼なのは事実っすよね?」


 亮太の名誉のため言っておくが、仕事量的には後輩の分までやっているため亮太と僕の量はとても多い。その為今亮太が雄大に送り付けた仕事は本来雄大が終わらせなくてはならない仕事なのだ。面倒な案件はともかくとして。

 部下が本来の仕事量をこなせるのであれば博人たちは会社に箱詰めになって仕事を行わなくても大丈夫になっているはず――なのだが、社畜故他の仕事を勝手にやるかもしれない博人は別である。

 勿論このことを言ってたところで勝手にやっていたのは自分たちであり、恩着せがましくしたくもないので心の中で秘めておく。


「雄大、あんた亮太先輩にお世話になっておいてそれは無いと思うわ」

「雄大君―、それは失礼ですよー。ちょっと庇いきれません」

「うん、亮太さんと博人さんからは言いづらいと思うから俺が言うが、それは本来雄大のやる仕事量だからな。俺も新人の肩書と博人さんという教育係が居なくなって本来の仕事量に戻った時絶望した思い出がある。」

「「「え?」」」


 と思ったのだが元教育係として教えていた圭吾が僕の胸の内に秘めた思いを代弁してくれた。このことは秘めておこうと決めていたので少し照れくさい、亮太の顔も若干赤みが勝っている。


「そ、それマジっすか?」

「だとしたら…」

「とんでもない量な気がー」


 後輩たちは何とも表情豊かなのだろうか、ころころと顔色を変え今どんなことを思っているのかが一目でわかってしまう。ちなみに今は信じたくないって顔なのだが


「ほれ、これ。こっちが新人の時にこなしていたタスク。こっちが新人取れたときのタスク。」

「「「あっ」」」


 圭吾の追い打ちで絶望した表情に変わった。


「亮太先輩すみませんでした、俺何もわかって無かったっす。この量来たら死にます!やばくないっすか!?」

「はぁー、雄大。これにこれとこれ、あー、後これもだな。」

「おい圭吾、それ博人のか?」

「はい、そうです。亮太さんのはちょっと特殊なので比較しづらくて」

「そうだよな、だったらこれとこれもだ。」

「あっ、確かに」


 ちょちょいとパソコンで一覧を出し、亮太にアドバイスされながら打ち込んでいく。


「これだな、見てみろ。これ博人さんたちの仕事量」

「「「ひっ」」」


 3人はまるでこの世のものではない「何か」を見たかのように仰け反った。恵子と音羽は手を取り合ってプルプルと震え、雄大に至っては「流石に嘘だよな

そんなはずないもんな、博人先輩も人間のはずだよな」なんて自分に言い聞かせる独り言をつぶやいて現実逃避していた。

 そこまで絶望を露わにするほど酷くはないだろうと思った博人はそのパソコンを覗き込む。するとやはり圭吾と亮太の悪乗りがちょっぴりと追加されていた。


「亮太に圭吾、流石にこれは盛りすぎだよ。日常業務がこんなのだって知られたら後輩いなくなっちゃうよ?」


 訂正を絶望している後輩らに言い聞かせるように大きく発した。


「な、なんだ流石にそうっすよね!」

「うん、こんなに業務が重なるときなんてクリスマスやお正月シーズンじゃないと。それにこれとこれは亮太にも手伝ってもらったし」

「あのー博人先輩―、もしかしてイベントシーズンはこの量をお一人でこなしてたってことですかー?」

「だから一人じゃないよ」

「でもその仕事はやってたってことですよね。凄い」

「うん、ほんとに凄いんだこの人らは」


 尊敬というよりも、何こいつ頭おかしいんじゃないの?的な目で見られているのは気のせいだろうか?


「とまぁ、別に意地悪で仕事を送ってるわけではないし、俺らも別に恩を売ろうと思ってやってるわけじゃない。圭吾も余計な事すんな、恥ずかしい」

「すみません」

「ははは、亮太が照れてる」

「博人、銭湯おごりな」

「はいはい」

「さっ、やる事もあるんだしそろそろ片そうぜ」


 こうして和気あいあいのムードは次第にパソコンを叩く音に変わり、静かになっていく。ここにいる皆は優秀であり、その場の雰囲気が仕事モードになることを察しているのだ。まぁ最後まで仕事モードに入れなかったのは雄大であるなんてことは言うまでもない。


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