第21話 勘違い

「へー、つまり親戚の子を引き取ったと?んで、会社に泊まることをやめて、自宅での仕事に切り替える――か。まぁいいんじゃないの?何かしら事情がある奴のリモートワークとかうちも禁止してないし。別に申請すれば俺らいつでも変えられたと思うけど会社のほうがやりやすいだけだろ?後輩もいるし。まぁその日菜子ちゃんって子にいつか会わせてよ俺も力になるからよ」


 大きな連休が明け出勤すると会社唯一の同期である亮太が見えたので、相談に乗ってもらった。やはり日菜子ちゃんの相談相手としては洋子さんや、母さんが適任なのだがおじさんの相談相手はおじさんが適任なのだ。


「あぁ、ごめんね。相談できるの亮太しかいなくてさ。」

「水臭いこと言うなよー、俺とお前の仲じゃんか。」

「ありがとう」


 相談――というか一方的に事の次第と決定事項を聞いてもらっただけなのだが、吐き出したおかげでだいぶ心にゆとりが生まれた気がした。

 日菜子ちゃんの前では余裕のあるおじさんを必死に演じていたが、実のところ上手くできているかという不安しかなかった。それでも一度面倒を見ると決めた以上最大限努力はするが、それでも拭えない不安はあったのだ。


「それで、博人はもう会社来なくなるのか?」

「うん、そうなると思う。休みの間に上司には説明して了承を得たから、資料纏め終わったら来なくなるね」

「そっか」

「まぁ、忙しい時期は会社に泊まるよ。日菜子ちゃんは元々母子家庭で家に母がいないことは普通だったので慣れてますって言ってたから、勿論心配なんだけどね。」

「あー、中3だしそれくらいはできるか。ってか忙しい時期よりも普段の生活に気を付けろよ?」


 当たり前すぎるアドバイスに少し笑みが零れた。普段から日菜子ちゃんを支える為家での仕事に切り替えたというのに


「ははは、大丈夫。こう見えて家事は得意だから」

「そうじゃない」


 一人暮らし歴は長いのだから大丈夫だぞと伝えると、強張った表情でピシャリと違うと言われた。


「仕事に掛かりっきりで日菜子ちゃんに心配をかけるようなことはするなよってことだ。家で仕事できるってなったら会社以上に仕事するんじゃないか?」

「そんなことな――「いいやあるね。仕事場と家が同じなんだ。区切りがなくなってずっと仕事をやる可能性すらあると思うぞ。」」


 流石にそんなことはないと声を大にして言いたいが、一応ここは職場のため声量を抑えて反論。しかし


「一度前科あるからな。あと、俺もぶっ倒れるからよくわかるんだよ、倒れそうなやつ」


 あんまりそこは偉そうに言うべき場面ではないのではと思うが、確かに前科持ちを言われると何も反論できなかった。


「でもいい機会じゃないか、ちゃんと休みながらやる努力しろよ」

「はいはい、心配の気持ちはありがたく貰っとくよ。にしても亮太に言われるとはなー。」

「あー間違いない。俺が言うとはなー」

「「ははは」」


 手を動かしながら声だけで会話、思わず声の調整が出来なくなったのか周りの後輩からの視線が増え会話をやめ仕事に戻った。


「あ、あの博人先輩少しいいっすか?」


 博人と亮太の会話が途切れたタイミングでスーツ姿ではあるが、髪は茶色でどこか飄々としているチャラ男が割り込んできた。

 チャラ男の名は橋本雄大。見た目と言葉はチャラチャラしているが。仕事に対する態度はまじめで教育係である博人を驚かせた経歴の持ち主だ。


「雄大君?どうした?」

「そ、その先輩が会社来なくなるって話は本当っすか!?俺…俺まだ何も恩返しできてないのに」


 下唇をギュッと噛み、涙をこらえているような表情で悲しくも、そして怒っているようにも取れる。


「えっ、博人先輩いなくなっちゃうんですか?」

「うそ、ですよね?」

「いや待って俺も上司と博人さんの会話聞いたぞ」

「圭吾先輩もですか?」


雄大の言葉が大きかったのか、つられて雄大の同期である飯田音羽、島田圭吾。そして雄大らの先輩で、博人の後輩である佐藤圭吾がこちらを驚愕のまなざしで見つめる。「来なくなる=会社を辞める」という事ではないのだが、雄大の表情と声音から会社を辞めるのではないかと思っているのだろう。


「そんな、まだ博人先輩から教わりたかったのに」

「わ、私も博人先輩に恩返しできてませんー!仕事を続けられてるのは博人先輩のお陰なのにー」

「お、おーい同期の亮太先輩もいるんだぞー」

「博人先輩がいなくなったらクリスマスや正月シーズンはどうなっちゃうんですか!?俺まだ博人先輩みたいに早く正確になんて出来ませんよ」

「だから亮太先輩もいるんだよー俺泣いちゃうよー」

「亮太先輩は少し黙っててくださいっす!博人先輩!確かに仕事量は多かったかもしれませんが、なんで俺らに一言くれないんすか!確かにまだまだ頼りない若輩者ですが頑張ってやるっす!それが教育係である博人先輩に恩を受けた者としての義務っす!それとも、俺たちが嫌になったんすか?」


 会社を辞めるのではないと否定する間もなく繰り出される熱い言葉に、胸の奥がじーんときた。教育係として多少厳しいことを言ってきたから、てっきり嫌われているものとばかり思っていた。表面には出さないいい奴らだと思っていたが根の部分までいい子達で感動している。

 でも君たち、亮太が本当に泣きそうになってるから謝ろうな。亮太先輩もわかりずらいけど仕事変わってくれたりと色々サポートしているんだよ


「だー!もう聞けお前ら」

「だから亮太先輩!」

「博人は会社を辞めない!リモートになるだけだ!」

「「「「え」」」」


 博人が感動し言葉に詰まっていた隣で、我慢の限界を迎えた亮太が切れて説明を始めた。さっき話したばかりだというのに、日菜子ちゃんのことを丁寧にかつ簡潔に


「そういう事なんだよ、紛らわしくてごめん。困ったことがあればいつでも連絡して、対応するしどうしてもの場合は職場に駆け付けるから。」


 一通り話し終えた後こちらを睨む亮太に代わって締めくくった。

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