第20話 若者とおじさん


「あれ、鍵開いてる」

「おかえり日菜子ちゃん」

「あっ、ただいまです。おじさん早かったんですね」

「あぁ、そこまで時間はかからなかったからね」


 学校帰りの日菜子ちゃんを迎え、手招きでリビングへと誘導する。


「はい、これ」

「えっ!!!スマホ!?」

「そう、日菜子ちゃんの携帯。何かあった時おじさんとすぐ連絡できるようにと思ってね、昨日伝えたでしょ?」

「いや、あの…てっきり子供用携帯かと思ってて、でもいいんですか?スマホなんてすごく高価な物なんじゃ」


 年齢以上にしっかり者の日菜子ちゃんは念願の携帯を得た喜びよりも、想像以上の物に困惑している、というよりも受け入れられていない様子だ。博人は今でこそ大きな休みに入っているが、家よりも会社にいるような社畜だ。お金を使う事もなければその暇を仕事に費やすような人間なのでちょっとのことじゃ財布は痛まない。大金持ちというほどではないが、今働かなくともそれなりに暮らしている生活費は十分にあるのだが日菜子ちゃんにはそれを知る由もない。


「お金持ちって程じゃないけどその辺は日菜子ちゃんが心配する事じゃないよ。何かあった時連絡できるとおじさんが安心するから貰ってくれないかな?」

「でも私、返せるものが」

「それこそ中学生の日菜子ちゃんが心配する事じゃない。それに家のこと手伝ってくれて大助かりなんだから」


 勿論これも紛れもない事実である。博人が家にいる間でも食器を洗ってくれたり、洗濯物を干してくれたりなど率先してやってくれており、お陰で暇な時間が生まれてしまう位助かっている。日菜子ちゃんはそれは住んでいる者として当然という具合に行っているのだが、中学生でそんなことが出来る子供は中々居るものではない。博人はもっと甘えてもいいのにと感じているのだから。


「えっと、それじゃあ有難うございます。大切に使いますね!」

「うん、そうしてくれる方がありがたいな。」


 渡す時はぎこちなかったものの、洋子さんにお勧めしてもらったカメラ機能にとても興奮して年相応の顔を見せてくれたので結果オーライである。それにしても最近の子は物覚えがいいのか、友達の携帯を知っているからなのかは知らないが、使い方をマスターするのが凄く早い。

ちょっと教えただけでカメラを使いこなし、連絡用のアプリを使いこなし僕の個人連絡のところにアルバムを作って今撮った写真を纏めて送ってくれた。そんな機能があったなんて初めて知ったし、開き方がわからず逆にレクチャーしてもらうなど驚かされるばかりだった。


「アルバムの作り方なんてよく知っていたね、お友達に教わったの?」

「え?教わってないですよ?ほら、おじさんここ見てください、ここに書いてあるんです。」

「どこどこ?」

「その3つの点を押して、したにスクロールすると」

「あっ、ほんとだ。凄いね、よく見つけられるね」

「書いてありますから」


 なんで書いてあるのみわからないの?と言わんばかりの表情を浮かべてこちらを見てくるが、おじさんは3つの点を押すなんて考えに至らないのだよ。こんなこともわからないおじさんが日菜子ちゃんに教えられることがあるのかと悩んでいるところにふと洋子さんの顔が浮かび上がる。


「そうだ、洋子さんにも聞いてみよう」


 きっと直接日菜子ちゃんの力になってくれるだろうと信じ、今日のお礼と共に日菜子ちゃんに連絡を教えていいかという旨のメールを送信した。

 するとすぐさま洋子から「勿論大丈夫です」といったメールが博人の元へと届いた。


「日菜子ちゃん、この方が携帯電話を一緒に選んでくれた洋子さんって人なんだけど、僕の知ってる中で頼りがいがあって日菜子ちゃんに年齢の近い女性なんだ。色々相談に乗ってくれると思うから追加しといてもらっていいかな?」

「逆に良いんですか?」

「うん、洋子さんからはOK貰ってる」

「ありがとうございます!」


 最終的に博人の母親とも連絡先を交換させ、何かあった時に連絡の出来る大人を3人作った。博人自身、基本的には自分のことを頼って欲しいと願っているが、相談しやすい相手は多いほうが良いだろうという事で2人追加した。もう少し増やしてあげたい気持ちはあるが信頼の出来る大人と博人がわかっていないと、日菜子ちゃんに万が一が訪れるかもしれなくこれ以上増やすことが出来ていない。一応会社の唯一の同期である亮太も候補に入っているがこちらは亮太に事情を説明しないといけない為、仕事が始まるまで保留している。


「それじゃあ日菜子ちゃん、何かあったら遠慮なく連絡するんだよ」

「はい!有難うございます」


 相談相手のことや、そもそもネットに触れる携帯を持たせてもいいのかという不安は色々募るが、目の前でカメラ機能を使いながら花が咲いたように笑う子供を見て考えることをやめた。不安は拭えないが携帯に限ったことではないし、何かあった時のその何かに備えて携帯を渡したのだから大丈夫だろうと心に落とし込んだ。

 今は純粋に楽しむ日菜子ちゃんの邪魔をしたくない。例え変なポーズを一緒に撮ろうと言われても拒否してはいけないのだ。ところで指ハートとは何なのだろか――?


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